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何も、いらない

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「おい新人、その機体には触るな」


紀田正臣が、その隊に配属されたときには、すでに戦争は末期に突入していた。
かつて鉄壁の要塞と呼ばれた孤島は空襲によってそっちこっち穴が開き、戦闘機が飛ぶ前に必死になって地面を埋めてやらねば滑走路としての機能さえ危うい。それが最前線の戦場の現状で、だから、ここにいる兵士たちが考えるのは、自軍の勝利などではなく、今日をいかに生き延びるかということ、ただそれだけ。
そんな状況下にあっても、いや、そんな状況下だからこそ、正臣たち整備班に休みはない。疲れた体を引きずるようにして、毎日あちこちかけずり回っては、身を削る思いで戦士たちを戦場へと送り出す。今日も今日とて、戻ってきた戦闘機の整備に駆り出された正臣は、しかし、ある機体に近づこうとしたところを止められた。
「え?・・・平和島整備長、しかし、これは今さっき帰還した戦闘機じゃないのですか?」
正臣は整備兵としての配属だったが、この島に一番多いのは戦闘機乗りたちだった。最新のもあったが、ここは戦争の最前線であった為補給が容易ではなく、比較的旧式の戦闘機でも使える限り戦闘につっこませる。正臣が指差した機体も、一番古い型ではないが、古いほうのものだった。
「いい。それは折原のだ」
平和島静雄は正臣の上官である。規律に厳しく喧嘩の強い男だが、実直な仕事ぶりで戦闘機隊からの信頼も厚い。しかし、今さっき静雄が苦々しげに吐き捨てた「折原」という男とだけは、犬猿の仲だった。
「折原隊長殿の、ですか・・・」
「そうだ。下手に触ったらうるせえからな」
正臣にとっても、臨也は正直に言えばとても苦手な人物だ。
折原臨也。
もともとは陸軍士官学校出のエリートで、司令部の上のほうに居たと聞く。頭の切れる男で、策略を練るのが得意だったとか。それが、なにがきっかけなのか、突然戦闘機乗りとして前線への配属を希望し、引き止める軍部を振り払ってこの戦場にやってきたのが1年ほど前。以来、幾多の戦場を生き延び、今もまだ日々戦い続けている歴戦の兵。
ただ、臨也はあまりにも・・・得体の知れない男だった。
静雄が言うにはどうしようもなく歪んでいる男だそうで、それを象徴するかのように、普通は3機で一小隊を組む戦闘機の常識を退け、毎回、どこの隊にも属さず僚機も連れずに1機だけで戦いに出て行く。好き勝手に、出鱈目に敵を攻撃し、それである程度の実績も上げているので誰も文句は言えぬが、単機出撃など褒められたことではない。
けれども誰が進言しても、臨也は決してそれをやめなかった。まるで死ぬ為に戦っているかのような、かたくなで無茶苦茶な戦闘ばかりをして、地上勤務者たちをひやりとさせている。
「あの人も、本当に規格外っすねえ・・・」
「ただの馬鹿野郎だ。お前も、極力関わんなよ」
困ったように息をついた正臣に、静雄は、さらにそれより大きく息をついてみせる。
「あれのことは、理解できねえ。何のために整備班がいると思ってんだ。自分の機体は自分で整備するから手を出すなと言われたときは、俺は頭が煮えたぎったぜ。整備兵を馬鹿にしてんのか」
思い出しても腹が立つ、と血管を浮かべる静雄に、正臣は内心ひええと悲鳴を上げながら、努めて冷静を装って話題を逸らそうとした。静雄は普段は本当にいい人なのだが、軍部の上のほうの連中や、臨也のこととなると凶悪になってしまうのだ。
「そ、れよりも、ずいぶん古い機体のようですけど。隊長には普通、新鋭機がまわされるものじゃないんですか?」
「ああ・・・あれもわかんねえところだ」
ぎりりと歯軋りをした静雄が、道具箱を持っていくぞと促しながら、声を抑えて言う。
「あの機体になんかあるんだろ。あれじゃなきゃ嫌だと、子供みてえなわがままを言いやがる」
全く褒められたことではない。理解できない、と静雄の口ぶりが言っていた。
「乗りなれたものがいい、ということですかね?」
「そういう感じじゃねえな。あれはな、おかしいんだよ、頭が。今度折原が整備しているのを見かけたら、寄ってって見るといい。すげえ顔をしてやがるぜ、まるで・・・」
睨みつけるように、静雄の鋭い目が機体を見る。丁度その機体に、噂の折原臨也がゆっくりと近づいていくのが見えた。



「あの無機質な戦闘機に、恋でもしてるみてえな顔をするぜ」



あきれたような静雄の声に、どう答えていいのかわからず、正臣は口をつぐんだ。ふと、幼馴染のことを思い出す。
あいつもそうだった、と、半分あきれるように、半分は鈍い痛みとともに。
正臣の幼馴染で親友だった彼は、空が好きで、士官学校のエリートだったのに空を飛びたいといって転科した変わり者だった。縦横無尽に空を駆け、小回りのきく戦闘機が一番と、周囲がどれほど反対しても頑として譲らなかった。戦闘機乗りというのは、前線に飛ばされて、1・2年でほとんどの人間が死ぬ。そういう過酷な任務と知って、それでも彼は戦闘機を選んだ。
正臣が、通っていた陸軍学校から転科して、整備兵の育成学校へ入ったのも彼のためだった。そんなに空が好きならとめることはできない。だからせめて、彼の助けになれればいいと、思ったのだ。
・・・遅かった、けれど。
正臣は雲ひとつない空を見上げる。照りつける真夏の日差しは、さすように熱い。正臣がずっと配属を希望していたここで、幼馴染は戦った。一年と半年。そうしてある日、戻らなかった。
戦場ではよくある話で。
だからこそ正臣が一生分くらい、泣いた話だった。


作品名:何も、いらない 作家名:夏野