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何も、いらない

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「新鋭機が受領されたぞ、お前、あれの整備はわかるか?」
ある日、上官の静雄がタバコをふかしながらやってきて、正臣に見せたのは、正臣が整備学校へいっていた頃はまだ試作機だった最新鋭の機体だった。
「うわあ、とうとう配属なんですね!俺、これだったら実習でイヤってくらい触ったから、任せてください!」
「おお、本部からお前に習えって通達が着てるから、頼むぜ。年中前線にいる俺らは、勉強のために本土に帰る暇もねえからな。新しいモンの整備は、お前みてえな新人が頼りっつーのも、歯がゆいもんだが」
無邪気に新鋭機に駆け寄り、懐かしいその感触を確かめるように翼を触る正臣を、動物でも見るような目で眺めてから、静雄はタバコを地面に落として踏みつぶした。貴重品となりつつあったタバコだが、ここでは死んだ兵士たちの遺留品の中に残ることが多く、静雄はそれをよく貰い受けている。
「こいつ、すげえ速いんっすよ」
一度見せてもらったテスト飛行は、そりゃあもう見事なものだった。量産される戦闘機にテスト機ほどの性能はないかもしれないが、それでもその速度は見とれるほどで、あれが戦場に出るとなると期待ができる。
「本当なら10機もらえる予定だったんだがなあ、途中の基地でどうしてもって上から言われて、半分しか来なかった。とりあえずは部隊長クラスに渡せって話だ」
「え、そうすると、門田隊長と・・・折原隊長、でしょうか」
「ああ。・・・あいつは受け取るかどうかわかんねえけどな」
不機嫌そうな顔をして、思い出させるんじゃねえよ、と静雄が言うのに、すみません、と素直に謝ってから、正臣はその銀翼の新鋭機を見上げる。これはすばらしい機体だし、臨也の戦闘機の操縦技術は驚くほど高い。確かに無茶な戦いをするところはあるが、それを根本で支えているのはその確かな操縦技術なのだ。あの人がこれを操縦すれば、さぞかし見事な戦いができるだろう、と正臣は思う。
そんなことを考えているとわかったのか、静雄はにやりと、人をからかうような笑顔を見せた。
「紀田。気になるならお前、進言しに行くか?」
「え?」
「あいつに、新鋭機を使えっつってな。毎回誰かが説得に行く事になってる。お前行って来い」
「え、えええ!?俺ですかぁ!?」
正臣は思わず叫んだ。
相手は一部隊をまとめるはるか彼方上の方の上官だし、自分はまだ配属されて一ヶ月程度の新人整備員。とてもじゃないが、恐れ多くて話しかけられるような相手ではない。
しかし、そう言って無理だという正臣に、静雄は聞く耳を持たないとでも言うようにそっぽを向いてまたニヤリと笑っている。
「あいつもいきなり新人をぶん殴る程非道じゃねえだろ。いいじゃねえか、どうせ誰かが行くんだ。前の時だって新人が行ったけど、ちゃんと無事に帰ってきたから安心しろ」
「だって、相手隊長殿ですよぉ!?」
「度胸つけろってこったろ。ほら、駄々捏ねてねえで行って来い」
しっしっ、と追い払うような仕草を見せる静雄の目は真剣だ。笑ってはいるが、これで嫌だと重ねたら容赦なく鉄拳が飛ぶだろう。正臣は縮こまりそうな心臓を右手で押さえて、行って参ります、と行儀のいい返事を返した。それからぎくしゃくとその場をあとにする。
兵士たちの居住している家屋は、たいてい、森の木々の間に隠れるようにぽつぽつと存在する。これは、あまり目立ってしまうと敵の空襲の際に目をつけられて、集中的に狙われるせいだ。隠れ家のようなその中の一つに、緊張しながら正臣は足を踏み入れた。倉庫で雑魚寝か、修理中の戦闘機のそばで仮眠するか、どちらかしかないような生活をしている整備兵にとっては、家屋に立ち入るというだけでも背筋が伸びる思いだ。
途中で会った、仲良くしている遊馬崎という新兵に教えてもらったとおり、1階の右奥の部屋の前に経つと、そこには確かに『折原』と名札がかけてある。
正臣は息を大きく吸った。
思い切って扉を叩くと、中から、どうぞと平坦な声が返る。
失礼します、と扉を開け、腰を90度に折った直角のお辞儀をし、顔を上げて敬礼とともに部隊と名前を名乗ると、そこでようやく室内にいた人影が振り返った。
歴戦の兵士といえども、長く戦場にいれば神経をすり減らし、おまけに夜間空襲のせいで睡眠不足や、熱帯特有の病気などによって痩せていくことが多い。目の前の人物も例外ではないようだった。
しかしその、鋭い刃のような眼光は、他の兵士たちと少し異なるものに、正臣には見えた。この基地に住まう戦士たちは、皆一様にギラギラとしている。生きることに貪欲な、いや、生きることを求める目だ。しかし、臨也は違う。臨也は、そこまでがむしゃらな目ではなくて・・・どこか冷徹な、計算高さを忘れない目を、している。
「紀田?」
そんなことを考えていた正臣に対し、臨也は少し驚いたようにそう繰り返した。
「紀田、正臣。そう言ったの、今?」
「え、あ・・・はい!」
「へえ。君が?」
まじまじと見入る様子の臨也に、なんだろうと正臣は首を傾げる。まさか、自分を知っているとでも言うのだろうか。まさか、こんなお偉いさんが、一整備兵など知っているはずがないではないか、と眉を寄せると、やがて満足したらしい臨也が不躾な視線を外した。
「遅かったね」
言われた言葉に、「はぁ」と間抜けな声が思わず漏れた。そうすると臨也は小さく笑って。
「なにそれ。さすが幼なじみ。そっくりな反応じゃない、彼と」
「・・・っ」
今度は正臣が驚く番だ。幼なじみ、ということは、臨也が指し示している人間はただ一人だ。
「帝人を・・・知っているんですか?」
思わず尋ねれば、臨也は笑顔を複雑に歪めた。悲しいというよりも、困ったような顔だ。
「半年も遅れるなんてさ。親友失格じゃないの君。帝人君はずっと、もうすぐ君が来るってうれしそうにしていたのに、さ」
「・・・」
正臣はぎりりと唇を噛んだ。
言い訳はしまい。何しろここは最前線の戦地。兵士を輸送するにも大変なところだ。海軍の輸送艦や、輸送艇などを使っても、敵に見つかって攻撃され、辞令の降りた戦地に辿り着く前に戦死を遂げた同僚たちだって、山ほどいる。
正臣の場合は、新鋭機の整備技術をここに伝えるという特命を帯びていたこともあり、輸送は慎重に慎重を重ねた。予定ならもっと速くに辿りつくはずだったのだが、不運なことに途中の港で乗船するはずだった輸送艦が沈み、足止めも食らった。そして、やっとたどり着いた戦地には、すでに友の姿はなくて。
どれほど歯がゆかったか、どれほど泣きわめいてやりたかったか。
誰にもわかるまい。
半年前だ、帝人は戦闘に出たまま帰らなかった。いつも操縦していた機体にトラブルが出て、別の機体に乗って戦闘に挑み、そして・・・海に、落ちたと誰かが報告をしていた。
「まあ、わざとじゃないことくらい知ってるけど、言わせてよねこのくらいの嫌味」
臨也はどこかぼんやりと正臣を見返して、そんなことを言う。
「彼、正臣正臣って、君の話ばっかりだったんだから」
「・・・帝人、と、仲がよろしかったんですか」
「・・・彼は俺の僚機だったよ」
「え!?」
作品名:何も、いらない 作家名:夏野