星降る夜に
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夕飯はものすごく和やかにはじまり、終わったはずだ。
なのになぜ今こんな事になっているんだろうと自分で問いかけるが、まあ俺がシズちゃんをかまったからで、他の答えは返ってこない。
予想外だったのは、シズちゃんがドタチンのおじさんの家に迷惑をかけるのを本当に気にしていて、うまいこと家から誘い出されてしまったこと。
俺は今上り坂でシズちゃんに追いかけられている。細い山道だが人の通る道である。帰り方は覚えている。両脇には勿論木はあるが木でパルクールなんてしたことがない。っていうか木でパルクールするのは猿だよね。パルクールってそういうものじゃないだろう。
つまり俺は戦うスタイルすら、田舎には向いてないってことだ。そしてシズちゃんの戦いは場所を選ばない。化け物の身体能力でやってるんだから当然だ。
これはヤバいな。そう思いながら逃げる。スピードで負ける事はないが、勝つこともない。
そのとき、道が開けた。
森が開けて、多分丘のいちばん上に出た。
俺は数歩進んで歩みを止めた。後ろのシズちゃんも何か感じたらしく、森を抜けて丘に出たところで動きが止まる。
星空だった。
頭の中が全部それで染まった。こんなことは初めてで、俺はその瞬間、あろうことか戦闘を放棄した。
もしかしたら殺されるかもしれないっていうのに、初めてシズちゃんの前でシズちゃんから盛大に意識をそらした。
星が降ってくる。
そうとしか思えないほどの星空。
シズちゃんも同じものを見ていた。
ねえシズちゃん、今同じものを見ている。
いつだって俺たちは同じものを見ても同じにはなれなかった。同じには感じなかった。でも今はきっと違う。
俺とシズちゃんと星空。それで世界は完結していた。
バカみたいに上を見上げる俺とバカみたいに(こっちは本当にバカなんだと思うけど)上を見上げるシズちゃんの間には差がない。
化け物といっしょなんて反吐が出る。でもシズちゃんの化け物さ加減なんてこの空の下ではたいしたことではなかった。
俺たちはバカみたいに止まっていた。
時間も止まっていた。
落ちてくる星が止まっているだけの間、俺たちはそこで呼吸をした。
ぬくもりは遠く、甘い言葉などありえない。
でも、もし世界が俺とシズちゃんと星空だけでできていたなら、俺は別のことをシズちゃんに伝えることがあったのだろうかと思った。
それは多分俺たちの間でいちばん静かな時間だった。
そこからどうやってドタチンたちの待つ家に帰ってきたのかはよく覚えていない。
心配したというドタチンに怒られ、俺とシズちゃんは一発ずつ小突かれた。
新羅はそれを笑って見ていた。どっちだっていいんだろう。
それからのドタチンのおじさんの家での数日、俺はシズちゃんに喧嘩を吹っかけなかった。
その日のことをシズちゃんと話したことはない。
星降る夜。
その日のことをシズちゃんと話す日はこない。
きっと、ずっと。それでいい。
----終