Can I.....?
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俺にとっての彼は、そういう人物なのだ。
たくさんの矛盾を抱えており、それ自体がものすごく興味をそそる事ではあるのだが、彼は文字通り、まさに人並み外れた能力の持ち主であり、それ故文字通り化け物であるのだ。
化け物であるが故、俺の愛すべき対象からは外れている。だから、俺は、彼が嫌いなのだ。誰がなんと言おうと、嫌いなのだ。ほら、今も、その人並み外れた能力を嫌いだと言ったその口で、俺に対してはその能力を行使することをためらわずに手近にあった標識を振り回して殴りかかってくる。
「いぃぃざあぁぁやああぁぁぁ!!」
振り回す。
「あはは。全く!君はそれ以外の言葉を言うことはできないのかい!これだから化け物は!!」
投げつける。
「うるせぇ!さっさと消えろっ!!」
殴りかかる。
サングラスの奥の瞳は憎悪を宿して、全身から憤怒のオーラが噴き出ている。どうにか紙一重でその拳を半身を捻って避けると、いきおい余って前のめりになった身体を回転させて遠心力を利用して蹴りを繰り出す。俺はそれを屈む事でどうにか回避する。そのせいで勢いを殺しきれずに、シズちゃんは地面に身体を投げ出すことになるが、しっかりと受け身をとって衝撃を和らげる。
そういうことの一切を、平和島静雄という人物は無意識にやってのけるのだ。
つまり、俺が最善のルートを瞬時にほぼ無意識といえるレベルの計算ではじき出すのに対して、この化け物は本能的に最善のルートを選びとっている。まったく、忌々しいにもほどがある。
人並み外れた能力。その能力の性質故に、人はシズちゃんのことを化け物、と呼ぶけれども、言いかえればシズちゃんはある種の天才でもあるのだ。
「じゃあ、お望み通り、今日は消えてあげるよ!!」
シズちゃんが完全に体勢を立て直す前に、俺は雑踏へと踏み出す。それを察知して妙な体勢のまま踏み込んでくるものの、やはり手は届かずに空を切る。
きっと、シズちゃんはその手を苛立った表情で睨みつけ、周囲にできた空間にも気付かずにいることだろう。そして、俺が消えたのを見届けた彼の上司が、呆れたように彼に近づいて落ち着くようにと言葉をかける。
その流れは見ていなくとも簡単に、リアルに細部まで想像の出来ることで、間違ってはいない。その事実がまた、さらに俺を苛立たせることになるのだけれども、かといって思い通りにならなければ満足か、というとそれはそれでまったくもって面白くない。
シズちゃんは、昔からいろんな意味で俺の期待を裏切らないでいてくれた。それは、俺の思い通りにならない化け物、という期待であり、それが裏切るということは、イコールシズちゃんが普通の人間になる、ということでもある。
普通の人間になった平和島静雄。
俺の愛してやまない人類になった平和島静雄。
それこそ、反吐がでる。
シズちゃんには、いつまでたっても化け物でいてもらわないと困る。だって、俺の愛する人類にあんなやつがいると思うと本当、気持ち悪くなる。幼い頃から疎外されてきた化け物。その力故、恐れられてきた化け物。可哀想な、可哀想な化け物。君には、まだまだそのままでいてもらわなくては困るんだよね。
シズちゃんから離れると池袋の通りは普通の街で、一般の人が歩くのには何の恐怖も生み出すことはない。俺の場合は、職業柄いつどこで、という心配はそれなりにあるものの、そこそここの世界で生きてきたのだからある程度の警戒はしているつもりだ。
シズちゃんが好きなこの街。シズちゃんが好きな人たちが住むこの街。化け物が好きになるなんて、分不相応もいいところだ。化け物は、化け物らしく憎しみと怒りをその身の内に宿して、手負いの獣のようにいなくてはいけない。それこそが、化け物なんだ。それでこそ、化け物だから。
化け物のいるこの街はとても刺激的で。けれども俺はその化け物のことが嫌いなんだ。そう、大嫌いなんだ。
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作品名:Can I.....? 作家名:深山柊羽