AM 6:13(タグ修正)
わかっていなかったわけではなかった。カバネラは親友なのだ。ジョードにとっては掛け替えのない、世界で一番の親友なのだ。そのカバネラが自分のことをどう思っているのか、それがわからなかったわけがない。
ふざけて肩を抱いた時。酔って雑魚寝を決め込んだ夜。他愛のない会話の端々。ジョードが犯人に怪我を負わされた日の狼狽。結婚するんだと恋人を紹介した時に、一瞬だけ見せた絶望したような表情。独身お別れパーティの席で見せた真っ白な顔。
その全てから、ただの友情とは違う想いを感じていた。感じていて、ずっと気付かないふりをした。カバネラがそれを表に出さないなら、自分も気付かぬふりをし通すのが友情だと思って。
だがいつか、カバネラがその想いをさらけ出すというなら、きちんと受け止めようとも思っていた。その想いに応えることはできなくても、正面から受け止めたいと思っていた。カバネラはジョードの、大切な親友なのだから。
そのカバネラが、最後に口付けを贈るというならそれもまたいいだろう。黙って受け止めるだけだ。そう思って、ジョードは身じろぎもせずその時を待った。
ところが、カバネラの気配は急に遠ざかった。次の瞬間、目を閉じたまま困惑するジョードの頭にがつんと鈍い衝撃が響く。
「痛ッ!?」
思わず目を開けたジョードが見たのは、拳を握って笑うカバネラの姿だった。カバネラは最後の最後に、甘い唇ではなく冗談めかした拳骨を寄越したというわけだ。二日酔いの痛みを抱えた頭に、思わぬ衝撃を喰らったせいで恐ろしく痛む。
あまりの痛みに目を瞬かせるジョードを見つめ、カバネラは愉快そうに笑った。
「はっはっは、痛かったかいジョード? これがボクからキミへの独身最後のプレゼントだよ!」
「痛いも何も……一体どういうことか説明してくれるか?」
ジョードはと言えば、頭を押さえたままでそう問いかけるのがやっとだ。カバネラの笑いは止まらない。
「わからないかな? 相棒のボクを置いてけぼりにして、1人で独身時代のゴールテープを切ろうっていうんだ。拳骨のひとつぐらいプレゼントしてやらなきゃ気が済まないんだよ。親友のやっかみだと思って受け取ってくれ」
そう言ってカバネラは笑い続ける。おかしそうに腹を抱えて、笑いすぎて苦しいというように細い体を折り曲げて。
だがその声が震えているように聞こえたのは、ジョードの考えすぎだろうか。
「……お前のプレゼントは本当にいつも……オレの趣味とは合わないなあ」
ジョードはずきずきと痛む頭を押さえながら、笑い続ける親友に手を伸ばした。肩を掴んでぐいと引き寄せ、そのまま強く抱きしめると、息を呑んだように笑い声が止まる。
「オレの趣味とは合わないが、お前のプレゼントはいつだって役に立つ」
ここで自分の本心を伝えても、自分もジョードも不幸になるだけだ。カバネラはそう考えて、最初で最後の口付けのチャンスを諦めたのだ。そう決断するまでに、いったいどれほどの葛藤があったのだろう。たぶんそれは、身を裂くような苦しみだったはずだ。でなければカバネラが、あんなに苦しそうに笑うはずがない。
それがわかっていたから、ジョードは心からの感謝と友情を込めてカバネラを抱き締めた。最後まで意地を貫き通し、彼等の友情にひとつのシミも残すまいとしたた親友を。
「ありがとう、カバネラ。最高のプレゼントだ」
「……それはなにより」
「キミに誓うよ。オレは必ず幸せになる」
「ああ、ラブリーで幸せな結婚生活を送ってくれ……必ずだよ、ジョード」
遠慮がちに腕を伸ばし、自分を抱き返してきた親友の顔を、ジョードはあえて見ようとしなかった。
そろそろ、目覚ましのベルが鳴る。
作品名:AM 6:13(タグ修正) 作家名:からこ