歪み、その4。
「まぁ、何とかしてみるよ、ありがとう、音無。話を聞いてくれて」
「いや…メンバーに入れなくてすまない」
「いいって、一般生徒を巻き込んだら、ゆりっぺに何か言われそうだしな」
一般生徒…NPCか…。
俺、日向を騙しているんだよな。
申し訳ない気持ちになったが、副会長に厳重に注意されている。
今ここで明かすわけにいかなかった。
日向は空になった缶コーヒーを捨てる。
「じゃあな、音無」
「あ、ああ」
日向は俺に手を振って、その場から立ち去っていった。
「…」
残された俺は何故か、副会長に会いたくなった。
生徒会室。
そこには副会長が1人作業をしていた。
「副会長」
「どうした、結弦。僕が恋しくなったのか?」
「ああ」
正直に答える。
「そうか、結弦は従順だな」
口元はにやりと笑っているが、少しだけ頬が赤いと思うのは俺の自意識過剰だろうか。
「待っていろ。もう少しで作業が終わる」
「手伝おうか?」
「いやいい。お前はそこに座っていろ」
俺は副会長が指差した椅子に座る。
副会長はかたかたとノートPCに何かを打ち込んでいた。
「何を打っているんだ?」
「球技大会の出場者のリストだ」
その中に日向はいないだろう。
SSSの上に、メンバーがいないと言っていた位だし。
「はぁぁ、くだらないイベントだな…。僕はサボりたい」
「いいのか、そんな事を言って、直井さま」
「いちいち、優等生の真似をしなければならない僕の身になれ、結弦」
「俺に言われても…。大体、そんなにしたくないなら、しなきゃいいのに…」
「いや、これは必要な事だからな」
「必要?」
「神になるためにな」
「???」
優等生になる事が神になる事?
俺は訳が判らなかった。
「疲れているようだ。お前にはくだらないことを話してしまう」
「いいよ。それで副会長の気が治まるなら」
かたかたと鳴っていたノートPCの音が止む。
副会長がじっと俺を見つめていた。
綺麗で澄んだ目だった。
「結弦はずっと僕の後について来い」
その言葉はどこか俺に縋っているようで。
だから、俺は答えた。
「ああ、ついて行くよ」
「それでいい」
副会長が笑みを浮かべる。
それが俺には安堵のものに見えた。
再び、副会長はかたかたとキーボードを鳴らす。
俺はずっと副会長を、直井文人を、大好きな女の子を見ていた。
球技大会当日。
俺は簡易的に立てられたテントの下でずっと待機していた。
怪我人は誰も来なかった。
楽なのはいいが、暇だった。
「副会長に会いたいなぁ…」
同室で、同じ仕事をしているにもかかわらず、
少しの時間でも副会長がいないと寂しくて仕方がなかった。
俺は球場の様子を見る。
突然、騒がしくなった。
球場に俺や副会長とは異なる制服を着た者たちが現れた。
「SSSか!?」
俺は、ポケットに入れていた拳銃を布越しに触る。
だが、連中は大人しく野球をしていただけだった。
「何が目的なんだ?」
俺は首を傾げるしかなかった。
しばらくすると、見覚えのある姿が見えた。
日向だった。
「な、いいじゃんー」
「お前、1人しかいないだろうが、参加しても意味が無い」
…あいつ、結局メンバーを集められなかったのか…。
人望ないのか?
もちろん、日向は参加できずにすごすごと去っていった。
ちなみに他のSSSのメンバーは生徒会が結成した野球部メンバーにより、敗北していた。
「…何しに来たんだ?」
俺は終始首を傾げていた。
球技大会はそれ程、波風立たずに終了した。
僕は生徒会室で後始末をしていた。
「副会長ー♪」
がらっと扉を開けて、誰かが入ってきた。
姿を見なくてもわかる。
僕に抱きつくバカはただ1人だ。
「結弦」
「俺の仕事は終わったけど、副会長は?」
「僕はまだ残っている。あと10分程度で終わるから、離れろ、バカ」
「わかった」
結弦は僕から離れると手近にあった椅子に座った。
「どうだった、保健係の仕事は?」
「暇だった。誰も来ないし…」
「そうだろうな」
僕はにやりと笑った。
「今度はもっと副会長の傍で出来る仕事がしたい」
「そうか…まだまだイベントはある。お前をたっぷりこき使ってやろう」
「あ、えっと。一緒にいたいですけど、こき使われるのはちょっと…」
「情けない男だ」
僕はさらさらと作業報告書に今日の出来事をまとめる。
そして、書き終わった。
「さて、職員室にこれを提出しに行くぞ」
「行こう、副会長」
結弦は席を立ち、僕に手を差し伸べる。
僕はその手を取る。
そして、僕と結弦は職員室に向かった。
「次は何があるんだっけ?」
「行事は把握しておけ。テストだ」
「テストか…」
結弦は少し楽しそうな表情をした。
「いい成績を残せ」
「ああ。って、いいのか、消滅しないのか?」
「僕と結弦が一緒に暮らしている時点で消滅はしない」
「何で?」
「規則に男女が同室で暮らしてはいけないとあるからだ」
結弦と暮らし始めてから、規則を調べなおした。
一応、僕は女であるため、同室に男を、結弦を置いてはいけなかった。
そのおかげで、今はNPCに暴力を振るわなくても、存在できた。
「…」
「どうした?結弦」
「それじゃ、その、もっと規則に引っ掛かるような事を」
「しようとするのか、ほう、いい覚悟だ、結弦。今日は楽しめそうだな」
「…あ、えっと、冗談ですよ?」
「遠慮するな、職員室はすぐそこだ。それが終ったら、じっくり楽しもうじゃないか?」
「ぎゃーーす!!」
その晩、僕は結弦で、”遊んだ”。