日常に埋没する
結局、アイツは死ななかった。
殺し損ねた。
首を締めた手は、いつの間にか首根っこを掴んでいて、力を無くしてへたり込む臨也を無理矢理浴室に押し込んだ。
「誰がてめえの願いなんか叶えてやるかバカ。死ぬなら勝手に死ね。この部屋から100キロ離れたところで野垂れ死にしろ。とりあえず風邪ひいて部屋の中で死なれたら面倒くせぇ、サッサとシャワー浴びて暖まったら自分の巣に帰りやがれ」
俯いた臨也はどんな顔をしていたのか分からなかった。
ただ扉を閉めるときに「シズちゃんってば本当にジャイアンみたい」っと呟いていたので、多分、大丈夫だろう。
何が大丈夫なのか、よく分からないけれど。
(泣いてるのかと、思った)
頬を伝う雫を、涙に見間違えた。
アイツの泣き顔なんてついぞ見たことがないけれど。
あぁ、でも、ただの雫だというのに、なんて美しいのだろと思った。
白い肌を流れるそれに見惚れて、もっとそれを見てみたいと、そう思ってしまった。
それが、殺し損ねた理由だ。
きっとアイツが風呂から上がれば、またいつもと同じような時間が流れるだろう。
俺はアイツが殺したいくらい嫌いだし、アイツだって俺を殺したいくらい嫌いなのは変わらない。
変わりはしないのだ。
変化を恐れる俺は、そうやっていつも日常に埋没する。
【次ページで蛇足と言う名のあとがき→】