紅風
着物をはだけさせるとぴくりと肩が反応し、触れられることに慣れていないことが伺える。
毒を受けた傷口は熱を持って腫れ上がり、変色し始めている。これは早めに処置せねばなるまい。
「ちょーっと荒療治だけど我慢してねー」
するりと懐から苦無を取り出し(忍がまさか本当に丸腰になるものか)、刃先を傷口に当てぐっと力を込めてやる。
「…っ、……」
影が微かに息を詰める。それに構わず更に刃を進め、血液が溢れてきたところで傷口に吸い付けば、ひくんと細い身体が揺れた。
初な反応に僅かに笑みを湛えてから、血液ごと吸い出した毒をそこら辺に吐き出す。
それを何回か繰り返した後、毒消しの軟膏を傷口に塗りこめて清潔な手拭いで覆ってやる。
「とりあえず処置は終わりっと。一応丸薬も飲んどいてね。だぁいじょぶ、何てったってこの俺様が調合した特性の毒消しだしぃ?」
「……」
唇が音もなく言葉を紡いだ。
『何故、助けた』
と。
「…さぁ?俺様にも判んない。いーじゃん、儲け物って事にしときなよ」
強いて言うならば。
あんたに興味が湧いた。
それだけかもしれない。
『礼、を』
「お礼?いいっていいってそんなの気にしないで。別にそれが目的でやった訳じゃないんだし」
次、どこで逢えるかも判らないのに。
…だから。
「だからさ」
つ、とその顎に手を添えて
「これでいいよ」
唇を
『…っ!!』
奪った。
触れるだけの拙いもの。
意外と柔らかいそれの表面をぺろりと舐め、
「ご馳走様」
にこ、と人の善い笑みを浮かべてその影から離れる。
茫然としたままの彼をそのままに、仕事へ戻るべく木の枝に飛び乗った。
「また何処かで、逢えるといいね」
遅れた分を取り戻そうと自然足早になりながらも、笑いが止まらなかった。どうしようもなく心が躍る。
風を、手懐けた。
そんな気分だ。
「俺様ってばらしくない…」
きっとこれで終わりじゃない。
この戦国の世。
あれだけの力を持った者ならば、いつか戦場で相見えることもあるだろう。
その時は。
その時は。
ただ照らすだけの半月を見上げ、高く高く嗤い出したくなった。
end