置行堀
通話を切って数分、階段の軋む音のあとに、薄い玄関扉をノックする音がして、帝人は立ち上がると扉を開けた。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
険のある顔を歪めて笑う四木が立っていた。
つい先頃、久しぶりに連絡があったと思ったら「今から伺います。」と一言。こちらの都合を尋ねないのか、とは、思っても言わない。その程度には、帝人も未だ彼の肩書きが怖い。それに内心嬉しかったのも事実だ。
(思っても言わないけど。)
「竜ヶ峰君はいつもこちらをじっと見てくるから、照れますね。」
とても照れているようには見えない様子で言われる。そんなに見ていただろうかと首を傾げた。
それに、いつもと変わらない四木の顔にどこと無く安心したような色を見た気がして、帝人はそう思った自分に少し戸惑う。
「前の満月以来でしょうか。」
「そうですね。」
「無くなっていないようで、安心しました。」
「?」
どういうことかよくわからなかったけれど、ああやっぱり安心していたのか、と、読み通りだったことが少し嬉しいと思ってしまった。
つい、と四木の手が伸びて、帝人の頬から首筋を意図してなぞる。久しく無かった感触にぞわぞわした緩い刺激を覚えながら、帝人は慌てて牽制した。
「あの、明日も学校なので、その・・っ」
耳の後ろに指を這わせ、掌で頬を包みながら四木が笑う。嫌な予感しかしない笑いだ。
「久しぶりの逢瀬だというのに、竜ヶ峰君はつれませんね。」
言いながら一歩、玄関に足を踏み入れる。扉が静かに閉まった。帝人の表情が切羽詰まった様子に歪む。少し諦めの色も見えたので、陥落は容易だろう。細腰に腕を回して今度こそ退路を絶った。
(喰えない人だ、本当に)
帝人は早々に諦めて、絡め取られた腕に体重を預ける。
ちらりと見上げた四木の表情には、相変わらず安堵の色が見えていて、そんなに悪い気はしなかった。
おいてけぼり
おそろしさに逃げ帰ってみれば、籠の中は空っぽだった。
END