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Affectionately Yours

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 二人の上がり時刻が一緒の日は、商店街へ寄ってから帰路に着く。
 元々住み込みで働く契約だったため、工場のすぐ裏には寮がある。わざわざ商店街に寄るのは遠回りであるものの、日替わりのお買い得商品やらタイムセールなどを求めてよく足を運んでいるのだ。工場に勤め始め、半年もすればそれが日課になっていた。
 日興連で暮らすように――否、正確にはケイスケと共に生活するようになるまで、アキラは日によって商品の価格が変動するなんて事を知らずにいた。CFC にいた頃は、商品の価格は勿論手にするもの自体に対してもとにかくj無頓着だった。食べ物でも衣類でも生活用品でも機能していれば気にならなかったし、さして金に困っている訳でもなかったから、特別値札を注意して見た事などなかったのだ。
 初めて商店街に来てケイスケに価格の変動の話を教えられたときは、それ自体をとても新鮮に感じた。だがここ最近は、値札だけでなく商店街の至る所へと目がいくようになってきた。一見何の変哲もない商店街、しかしそこにいる人たちはいつも活気付いており、下町ならではの温かさを併せ持っている。
 人当たりのいいケイスケが、商店街の空気に馴染むのはそう難しい事ではなかった。気前良く声を掛けてくれる人はざらにいるし、ケイスケの顔を見るなり少し分量より多めに差し出してくれたり、おまけをつけてくれる店主もいる。ここ最近は仏頂面でいるアキラに対しても声を掛けてくれる人が増えてきた。
 ただ単純に物品を調達するだけではなく、商店街の人々とケイスケが触れ合う瞬間を横で見つめている。すぐ傍で穏やかに流れる時間は、アキラにとって至極心地いいものだ。

 今日はさして補充するものもなかったので、商店街での用事といえば夕飯の食材を見繕う程度。比較的小さなレジ袋を互いに一つずつ下げた所で用事は済んだ。
 帰るか、と言葉にする事無く寮への道を歩こうとする。同じ屋根の下で暮らすようになってからはまだ数年だが、長年近くにいた所為か小さな事は言葉がなくとも意志の疎通を図る事が出来る。しかし向かう方向へと踏み出そうとしたその瞬間にケイスケから待ったの声が掛かった。
 まだ用があったのかという意味でケイスケの顔を見ると、ケイスケは小さく笑いながら商店街のとある方向を指差した。普段よく行く青果店や肉屋など、食品街とは逆方向の道だ。
「あのね、あっちのイベントスペースの方で今日からフラワーモニュメントが飾られるんだって。商店街の50周年記念らしくて」
「へえ…すごいな」
「折角だから、見に行かない?」
 ケイスケの言葉にアキラは頷く。普段利用している商店街の記念物というだけでも興味は沸いたが、どうやらそれだけではないらしい。
 内戦の影響でここ数年、季節関係のイベントも行えないままだった商店街にとって、50周年記念はかなり気合を入れたイベントになるようだ。現地の吹奏楽団や合唱サークルのコンサートなどなど、地域密着型のイベントを多く企画しているお祝い事の先駆けとなるのが、今日から公開されるブリザーブドフラワーのモニュメントだという。
「…お前、詳しいな」
 自慢げに語るケイスケの横顔を見つめながら、アキラは思わずそう漏らした。同じように商店街に密着して暮らしている筈のアキラは、商店街の人々が一丸となってそのようなイベントを企画しているなんて知らなかった。感嘆にほんの少し羨ましさを含んだ感情を込めてそう言ってやれば、ケイスケは照れたように頬を染めた。
「なんて、全部主任の受け売りなんだけどね。今日俺、午後から主任と外に出てたから…その時に教えてもらったんだ。アキラは主任の奥さんの事、知ってる?」
「ああ…一度だけ会ったことがある」
 問い掛けに、アキラは一人の女性を思い出す、初めて会ったのは確か工場員総出で行われた飲み会の時だったか。
 華奢な身体つきだが、目鼻立ちのはっきりした気の強そうな女性。それが彼女に対する印象だった。誰に対しても物腰の柔らかな主任とは対照的な性格で、彼女に対してはうだつの上がらない主任の姿がとても印象的だったのを覚えている。
「主任の奥さんが勤めているデザイン会社がね、そのフラワーモニュメントを設計したんだって。制作は別の企業がやってたけど、主任の奥さんは現場監督も買って出たから、休日は主任も借り出されて大変だったらしいよ」
「奥さんに色々言われて大変そうにしてる主任が…目に浮かぶな」
「でしょ?本当に想像通りだったみたい」
 アキラとケイスケには始終笑顔で接してくれる優しい主任が、奥さんの尻に敷かれて右往左往している姿を想像する。きっとケイスケの頭の中にも同じ姿が浮かんでいるのだろう、思わず二人で笑い合う。折り重なる笑い声は心地良い、そう思った瞬間、不意にケイスケからレジ袋を差し出されてアキラは戸惑う。とりあえずそれをアキラが手にすると、ケイスケは一心不乱にとある方向へと走っていった。
「ごめんねアキラ、ちょっとだけ待ってて!」
 それだけを残したケイスケの背中を、アキラは呆然としながら見つめる。数メートル先、横断歩道の辺りに老年の女性がいた。横断歩道は人通りが多いため、大きな荷物を抱えた女性が一人で横断歩道を渡るのは困難だ。駆けつけたケイスケは女性の荷物を持ち、女性を先導しながら横断歩道を渡る。横断歩道から少し離れた、比較的人通りの少ない所まで歩いた所でケイスケは足を止める。何度も頭を下げる女性に対して、ケイスケは手を振りその場を後にした。
 ケイスケは困った人を見かけるとすぐに駆けつけていく。雑踏の多い往来ではそれに気が付くことすら大変で、実際に手を差し伸べるとしたら余計に困難だ。実際アキラは先ほどの件も、ケイスケが走り出すまで気が着く事すら出来なかった。
 こういった事は今までにも何度かあった。尊敬の意味も込めて「お前はすごいな」と口にすると、ケイスケは決まって同じ言葉を返す。
「全然すごくなんかないよ…自分のためでもあるからね」
 古くから伝わることわざにもそんな意味のものがあったように思う。ただ、それがただ単に「自分にいつか返ってくるだろうから」という善心だけで行われているのではない事を、アキラは知っている。何故ならそう口に瞬間のケイスケの顔に、決まって陰が落ちるからだ。あからさまに暗くなるケイスケの表情を見て、アキラはやっと後悔する。前にも何度か同じような事を体感している筈なのに。無意識とは怖いもので、気が付けばそんなケイスケの表情を引き出す言葉を口にしている。悪循環だ。
 その言葉の深い意味を問う事も出来ないまま、後悔だけを胸に残したまま、アキラは「そうか」とだけ口にする。問い詰めるにしても上手く言葉が出てこないのだ、ケイスケが言葉の奥底に沈めた闇を簡単に汲み取ってやる事も出来ない。
 先程手渡されたレジ袋をケイスケの手に引き渡す事だけして、会話がないままに商店街を進んでいく。取り繕う為の言葉が上手く出てこない。ケイスケは今、何を考えているのだろうか。
作品名:Affectionately Yours 作家名:nana