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Affectionately Yours

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 たゆたう思考の中で泳ぐ、そうしていると不意に耳慣れない音楽がアキラの鼓膜を通り抜けていった。商店街のセールなどの情報を流す些か騒がしいアナウンスとは打って変わり、厳かな――まるで聖歌のようなそれに耳を傾ける。心地良さで思わず歩調を早めると、次の瞬間に腕をぐい、と引っ張られた。ケイスケだ。
「もうこの近くみたい。行こう、アキラ!」
「…っ、バカ…!」
 腕を引かれ駆け出す。そしてイベントスペースに辿り着いた瞬間、アキラとケイスケは同時に感嘆の声を上げた。
 イベントスペース一帯は等間隔で立てられたポールにイルミネーションが括り付けられ、取り囲むようにして明かりが灯されていた。厳かな音楽と灯りに溢れたその空間の中で、一際目を引くのはやはりブリザーブドフラワーで作られたモニュメントだ。
 白いバラが敷き詰められた台座、そこからまるで生えたかのように背の違う数本のパイプが立つ。パイプの先端にはこれまた白いバラだけを寄せ集めて作られた、大きな花を模したオブジェが添えられている。モニュメントの中には幾つもの電灯も添えられており、バラそのものの美しさを壊さないような形で彩りを添えている。
 まるで、異空間。はっと息を呑むようなモニュメントはまさしく綺麗だった。また決して押し付けるような美しさでないそれは、見るものに対して穏やかさすら与えるような気がした。
「綺麗、だね。これを作った人の顔を知ってるとなるとさ、また違う感慨深さがあるなあ…」
「ああ…」
 それだけ交わして、二人ははモニュメントの前に建てられたパネルを覗き込む。パネルにはモニュメントに使われたバラが約3000輪であった旨が綴られている。
「主任も…奥さんも、すごいなあ」
「ああ。本当に…」
「俺もさ、二人みたいに…なりたいなあ」
「…え?」
 ケイスケの言葉に、アキラは思わず首を傾げる。ふと垣間見たケイスケの表情は、明るく彩られたイベントスペースでは場違いなほどに暗かった。丁度先程、横断歩道で女性を助けたときのような、曇った表情。
「こういう穏やかな気持ちをさ…誰かに与えられるような人になりたい。俺にはこういう何かを作る芸はないけど…嬉しいとか、楽しいとか、そういう優しい感情をさ…誰かに与えられるような人になりたいなあ…」
 夢現でそう口にするケイスケ。どこか息苦しそうに言葉を吐き出すその姿はまるで、独り言を言っているかのようだった。
 誰かに分け与える優しさ。一緒に暮らすようになって、アキラはケイスケが人に優しさを分け与える瞬間を何度も見てきた。先程の女性の件だってそうだ。それでも尚、ケイスケは人に優しくしたいと願う。切羽詰ったような表情は、まるで追い立てられているかのようにすら見えた。
 根底にあるのは、やはりトシマでのあの出来事なのだろうか。確信には至れないものの、それ以外に理由が見当たらない。
 ケイスケが求める、優しさを与えたい対象がどれだけいるのかなんて分からない。もしかしたら途方もない程の人々に与えたいと、そう願っているのかもしれない。手に掛けた人の、何倍も、何十倍も、何億倍も。だから、簡単に「お前は充分優しい」だなんて口にすることは出来ない。
 だが代わりにケイスケの気がつかない所でも、そういう気持ちを分け与えてもらっている人間が居る事を伝える事は出来る。それがどれだけの気休めになるのかなんて知らないけれど――乾いた水を欲するように必死なケイスケの喉を、少しでも潤せれば本望だ。
 そう、前述の通り小さな事なら、言葉がなくとも意志の疎通を図る事が出来る。けれど大事な事はちゃんと、言葉にして伝えなければならない。
 トシマで失った沢山のものと引き換えに得たのは、ケイスケ自身と―――本音は伝えなければいけないという事実。それを忘れていたならば、あの時に間違いなくケイスケを失っていた。決して、忘れてはならない。
「なあ、ケイスケ」
 ん、とケイスケが返事する。気丈に振舞おうとするも、やはりその表情には陰が纏わりついている。普段から口数の少ないアキラにとって、本音を口にするのは正直に言ってしまえば困難な事だ。
 それでも口にする。その意味すら、ケイスケが悟ってくれればいいと願いながら。
「俺は…お前といる、それだけでも…充分嬉しい」
 ケイスケの返答はない。二人の間に会話がない間、モニュメントに組み込まれた電灯が幾つも瞬いた。それから更に数秒置いて、とある瞬間にケイスケは顔を綻ばせる。その表情に張り付いていた陰は消え、やがて至極柔らかな笑みに変わった。ケイスケの人となりを具現化したような、その笑顔。
「…ありがとう、アキラ」
 優しさを分け与えられる瞬間、それは決して困っている人を手助けした時だけに限られない。アキラだけではない。商店街の人々も、人当たりの良いケイスケの笑顔に触れて何かを分け与えられているのだろう。商店街の人々に実際聞いてみた事などないが、ケイスケと彼に触れる人たちの間にある空気が至極穏やかである事が、充分それを物語っている。
 そこまでは敢えて口にはしないけれど、ケイスケがいつか、それに気が付いてくれればいいと思う。トシマで負った傷は決して消えないから、今目にしているモニュメントのように緻密な美しさには到底敵わないかもしれない。それでも彼が浮かべる笑顔は確かに人を動かすのだと――いつかケイスケ自身で気が付く日が来ればいい。
「お前と、見に来れて良かった」
「俺も、アキラと見に来れて良かったって思う…それじゃ、帰ろっか」
「ああ…」
 踵を返して歩き出す。ふと空いた方の手に小さく何かが触れて、アキラは思わず指先に視線を向ける。温かなそれは、ケイスケの指先だった。微かに触れるだけの温度が、指先からじんと響いて身体中を駆け巡る。この柔らかな温度も、ケイスケが与える優しさそのものなのだ。
作品名:Affectionately Yours 作家名:nana