Kサト七夕小説
さすがにそれくらいは知っていると憮然するKKに、サトウはそうですよねーところころと笑った。
「この二人って恋人同士じゃないんですよ。れっきとした夫婦なんです」
僕自身、そんなに詳しく知らないんですけどね…、照れ笑いを零しながらサトウがそのまま七夕にまつわる話をする。
心地よい声にKKは大人しく耳を傾けた。
天帝の娘、織姫はとても腕の良い機織りをする娘でした。でも彼女自身はその機織りの仕事を頑張りすぎてお洒落なんて出来なかったんです。そしてずっと独りでした。このことに父、天帝は哀れに思って牛追いを生業とする彦星と引き合わせたんです。
――運命の出会いだったんでしょうね、結婚して結ばれた二人は、幸せな日々を過ごしていました。でも互いのことだけにかまけてしまって、職務を疎かにしてしまったんです。一向に働く様子を見せない二人を見て、怒った天帝が二人を引き離してしまったんです。
もとは幸せな夫婦だったんですよ。切なそうに語るサトウ。
――つい、堕落に走りがちになる。なにより優先なのは傍らにいる愛しい人。しょうがない…で言ってしまったらそうだけど、そのせいで引き離され、離ればなれになってしまった、哀しい事実。
互いの強い想いが仇になるなんて…。
「それからは、KKさんも知ってる通りになるんです」
「ようはその織姫の親父である天帝が悲しみにくれる二人を哀れだと思って、一年に一回…、ってやつだろ」
「はい」
にっこりと、星の輝きに負けないくらいの笑顔になるサトウ。
「…きっと今頃空の上の二人は会っているんですね…」
雨が降らなくて本当に良かった。心の底から安堵してる恋人は、このうえもなく綺麗だった。
たった一日だけの儚い逢瀬。触れ合った手のひらは温かいのだろうか。互いに映る姿は記憶と違えていないだろうか?
重ね合わせた唇は最初はしょっぱく、でも次第に甘い吐息が混じってくるんだろう。
ずっと待ち焦がれ、夢見てたにちがいない。二人触れ合い寄り添いあうこの日を。
晴れ渡り
星が燦然と瞬く夜空。今宵一度限りのミルキーウェイ
視界を阻む障害はなく、最高のロケーション。
見上げ、うっとりと呟く恋人に、KKはそっと隣につく。細い肩を抱きこむと、ピクリと反応を返すが、拒まれることはなかった。それどころかすぐに甘えるように鍛えられた肩に擦り付ける姿に、愛しさが増してくる。
ここは人がきてもおかしくない往来の場であるが、そんなこと気にならない。雰囲気に酔っているかもしれない。
夜空を翔る流れ星。私の願い届けてね。
「――よく、七夕の日は短冊に願いごとを書くじゃないですか」
ポツリ、と呟かれた言葉。
「折角の二人大事な逢瀬。僕達の身勝手な願いをするって不粋ですよね…だから僕は、」
今年は何も書きませんでした。
照れ臭そうに頬染める
今とても充実してる日々を過ごしているし、これ以上望んだら贅沢ですし。それに――、
――それにね、
叶えたかったお願いは、もうここにありますから
ちょっと偽善的かな、なんて思ってしまったけど、でもそれは真実だから。
一年一度しかない夫婦をなんの柵もなく寄り添って欲しい
――遠いあの日のことを思い出す。遥か遠く離れたあの日。声も聞けず姿も見えない。現状さえわからなくて、不安で胸が潰されそうだったあの日。無事でいるのか、怪我してないだろうか…?僕の存在なんて片隅においやられてしまったのか…。
昏い考えしか出来なかったあの日…。
――帰ってきた無事な姿に、背に回された力強く温かい腕の感触に、縋りついて泣いた日は今でも心に残ってしまった。
あの辛さを理解っているから僕は…。
それだけ、
本当に、それだけ…、なんだ。
「――奇遇だな」
え?
オレも同じだぜ。
――他人に叶えてもらう願いなんて持ち合わせていない。
生きることに足掻くだけだったオレは、都合のいい奇跡は信用してない。職業柄、修羅場をくぐっているし、何遍も不利になったこともある。ただ、自分に有利になったことだってあるが、ラッキーと思っただけで、過信などはしていない。
今この手にある幸福と安らぎは自分が得たもの。偶然のものかもしれないが、あまたある選択のなか掴んだオレの意志。
そして、
それが確かな“必然”、を結びつけたのだろう。
「“お前”と出逢った、この事実を」
歩いていた足を止め、見つめ合う。二人の瞳にはもう夜空という遥か遠い場所は映っていなかった。
今“ここ”にいるのは、愛しいと思う互いの存在だけ。
欲しいものは、すでにこの腕の中にある。後は手放さないよう、握りしめればいい。
ほどけないように、崩れないよう、しっかりと―――…。
「――帰り、ましょうか…」
ポツリ――と洩れたサトウ言葉。
「――ああ」
促され、KKは歩き始める。
感情が
言葉がつかえる、なんて初めてだった。
チリチリチリ――…。自転車のチェーンが緩やかに回る音。キィ、とハンドルの軋む音をたて、押して歩くサトウの左手を、
――温かなぬくもりが被さっていた。
きっと渡る天の川。その日、二人寄り添うの。
それから、二人は言葉もなく家路へと目指した。傍にある確かな体温を感じながら。
満点の星空の下、遠くに伸びるやがて一つになった影を、祝福するかのように、星は優しく瞬いていた。