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【サンプル】 Trompe-l'oeil

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サンプル 1つ目


 雇い主である折原臨也の事務所にいつも通りの時間に出勤すると、そこは誰もいないがらんどうの空間だった。腕時計を確認するとまだ九時もまわっていなかった。朝から出かけたにしてはいささか早すぎるけれど。
 そんなことを頭の片隅で考えながらタイムカードをいつも通りに刻印する。びっしりと並んだ数字はどれもほとんど同じ時間を刻んでいる。我ながら面白みがないわね。ま、どうでもいいけど。
 コートを脱いでハンガーへ。あぁそろそろ少し生地の暑いコートが必要かもしれない。外の冷たい風を思い出して、かじかんだ指先をこすり合わせる。
 気付けばすっかり秋になっていた。そう、ここに通うのが日常と化すくらい時間がたっていた。だが、ここで折原臨也の秘書として過ごす日々に対して何かを感じたわけではない。別に矢霧製薬で働いていたときと何ら変わりはなかった。特別な何かを思ったわけではない。あるとすれば、ここにあの首があるという絶対の安心、ただそれだけだ。
 あと違うことと言えば、自分が使われる人間になったということだろうか。どうしようもないという言葉で形容するのが最も適当だろう雇い主を思い出しながら、私は自身のデスクのほうへ足を運んだ。とりあえずパソコンの電源をつけないとと思ったからだ。
 そしてそこで、私はあるものを発見する羽目になる。それはブロックのメモ帳を一枚破り書かれたもので、かかれた文字は見慣れた字――メモされた言葉は短かった。
『昼に起きる、適当に仕事しててくれ』
 走り書きされたその文字はまるでサインのようだった。ありがたみの欠片もないけど。
 私はその内容を一瞥するとビリビリに破いてゴミ箱へ捨てた。これはそう望まれている。何にせよ証拠のようなものを残したくないのが黒幕の思考というやつだ。
 びりびりと細かくちぎりながら、私はあることを改めて思った。やはりどうしようもないという言葉がよく当てはまると。


 それにしても、昼に起きるならば先にその旨をメールで寄越せばいいものを。そう思って、私は歯軋りをする。だって、その時間があれば誠二の様子を見に行ってこれただろうから。登校する後ろ姿、それだけで十二分に満たされるのだもの。
 けれどタイムカードを押した手前、それもかなわない。雇い主の事など至極どうでもよかったが、仕事をサボるということは自身のルールのようなものから外れ、私が納得できない。
 全く、適当に仕事しろなど、ずいぶん投げてくれたものだと思う。さてどうしてやろうか。私は頬杖をつきながら奥の部屋を睨んだ。いっそあいつの居住スペースのドアが開かないように細工でもしてやろうかしら。それは少しだけ滑稽だ。だけど、半ば実行に移そうかと思ったところでその考えを放棄する。そんな労力を使ってやる価値はない。
 とりあえず、パソコンの電源をつけてメールチェックだけ行う。見たところ特に返信が必要なものもなければさして重要なものもない。
 早速やることがなくなった私は、これがこちらに仕事を押し付けて暇だと言い張るあの男の心情なのかもしれないとただ思った。
 あまりの暇さに、仕方なくその辺の掃除でもするかと腰をあげた。
 デスクの上に積んだままになっていた不要になった書類をシュレッダーにかける。紙は轟音とともに次々と飲み込まれてたちどころにバラバラになる。私はその光景に胸のうちがスッとするのを感じながら、そのまま足をロフトの方へ向ける。ロフト部分は簡易的な書斎になっていたから、その辺の本を整理してやろうと思ったのだ。
 天井近くまで、ところ狭しと並べられた本は皆一様に埃を被っていてあまり触れられた形跡はない。読み込んでボロボロになったようなものはなく、まるで新品同然だ。どうせ飽きて読むのを放棄したに違いない。私は雇い主の異常な飽きっぽさ頭に思い浮かべた。ま、一度読んだだけですべて覚えてしまう天才なら話は別でしょうけど。
 そもそも、この書斎は権威の象徴みたいな意味合いのほうが大きいのかもしれない。如何にも”らしい”ことが大好きなあの男のことだ。ここにある大半の本が、読むためのものではないのだろう。もとから飾られるためだけに用意された家具の一種に違いない。
 そんな風なことを思いながら適当に本を抜き取る。パラパラとめくれば古くさい本の香りがした。独特の、臭い。それが鼻をつく。
 嫌な臭い――。古くさくて、その上泥沼みたいに絡めとろうとする過去の臭いだ。厄介な存在、過去があったからなんだというのだろう。忘れ去られたら、朽ち果てるしかない存在のくせに。
 そう思いながらそのまま乾いた紙をペラとめくり続ける。すると、何かがひらりと宙を舞い、そのまま静かに床に落ちた。






(ハイエナと遅い昼食 より)