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唇に毒ある蜜を

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なんというか、理不尽だ。と折原臨也は思っている。臨也の目の前にあるパソコンの画面では、自分にそっくりなヒューマノイドのキャラクターが、仇敵にそっくりなキャラクターに正面から抱きついている。
「理不尽だ。理不尽だよこれは」
「自分で作っておいてよく言うわ」
思わず洩れた心底からの訴えを、優秀だが冷徹な秘書はそう切り捨てた。
「後半はもうソフトが勝手に一人歩きしたんだよ。俺の意思じゃない」
あくまで反論するが、波江は既に興味がないようで、優雅な仕草で形のいい足を組み、コーヒーを啜っている。
と、一瞬目を離したその隙に、臨也をモデルにしたキャラクター、通称サイケが、平和島静雄をモデルとしたキャラクター、通称津軽に抱きついてそのまま勢いにまかせて押し倒し、にこにこと飛び切りの笑顔を浮かべて津軽の首筋に顔を埋めている。
「ちょ、ちょっとちょっとサイケ、俺の顔でシズちゃんに似た奴とイチャつかないでくれ頼むから!」
これは本当に精神衛生上よろしくない。何で忌々しい金髪に鼻先を埋める幸せそうな自分そっくりな顔など見なければならないのか。
しかもあろうことか、『津軽、津軽、だいすき』などと、たどたどしい言葉でこれでもかというほどの好意を示している。対する、白地に波模様のあしらわれた着流しを着た津軽も、これ以上ないほど見覚えのある顔に、見たことのない穏やかさを湛えて、じゃれついてくるサイケの黒髪をいとおしげに撫でている。これは本当に、理不尽この上ない。
「私は、静雄のことはよく知らないけれど」
頭を抱え込んだ雇用主の隣りで、パソコンの画面を覗き込んでいた波江が、いつもどおりの抑揚にかける声で、サイケを指差しながら静かに指摘した。
「少なくともこの馬鹿っぽいのは、あなたにそっくりね」
「……最悪の冗談だと受け止めておくよ」
うららかで平和な昼下がりであった。


他の作業に没頭し、ふとパソコン画面に目を戻すと、際限なくじゃれあっていたサイケと津軽が大人しくなっている。何事かとよく見ると、座り込んでいる津軽の横で、サイケが丸くなっていた。
「ああ、サイケは寝たのか」
見た目は臨也とそっくりだが、どうにもおつむの弱そうなサイケは、言動が幼く、やたらと欲求に忠実である。そのため、所構わず時間も気にせず眠いときに寝るようだ。静雄にそっくりだが、怒りという感情をあまりもたない津軽は、そんなサイケの隣りで、何が楽しいのか分からないがのんびりとサイケの寝顔を見ていた。
「ちょうどいいや、ちょっとサイケと離れてよ津軽」
命じると、一瞬不思議そうにした津軽だが、ちょっとだけ名残惜しげな顔をサイケに向けてから、臨也の命じたとおり、ぽてぽてと移動し、サイケの隣りを離れた。
本当に、サイケと津軽はモデルとなった人間二人の関係とは真反対に、忌々しいほど仲が良い。なので、もともと音楽ソフトであるのに、いつもサイケが邪魔をするため、ほとんど調整もできていなかったのだ。
「そいつが寝てる間に調整しちゃおう」
サイケを起こすとうるさいからと、音量をぎりぎりまで下げる。
その上で、「津軽、ラの音を頂戴」と命じると、モデルとなった男にはかけらもない従順さを兼ね備えている津軽は、ようやく聞こえるかという程度に小さく、しかしよく通る声で、ラの音階で声を奏でた。
あの男と同じ声だが、こうして聞くと悪くない。
と思った矢先に、黒い影が飛んできた。
光の速さで津軽に飛び付いたその黒い影は、今まで寝ていたはずのサイケである。
『津軽、津軽!』
実に嬉しそうに、抱きついた津軽の顔に口付けているサイケに、眠気の欠片も見当たらない。サイケの体を抱きとめた津軽も、嬉しげに『おはよう、サイケ』などと言って、口付けを返している。
「…なんのために音量をあそこまで絞ったと思ってるんだ…」
起こさないように細心の注意を払ったはずだ。だがサイケは、そんな臨也の心中を慮ることなく、津軽の首に腕を絡めながら、言った。

『津軽の声なら、どんなに小さくても、聞こえるよ!』

「………」
あーそーですか。というような呆れの声も出てこないほど、清々しい惚気である。津軽は嬉しそうに微笑んで、サイケの頭を撫でているが、パソコンの前の臨也は撃沈しかけている。
「本当に、そっくりね」
一連のやり取りを、冷静な視線で見ていた波江が、やはり抑揚の乏しい声でそんなことを言う。
「どこが? ……やめてよ」
ちゅ、っとリップノイズが聞こえてきそうなほど軽快に、津軽の顔に口付けを落としているサイケを見てしまい、波江への反論も弱々しくなる。
「自覚はないの? あなたの方がひねくれているだけよ」
「……本当にやめてよ……」
溜め息混じりに言うが、やはり大して興味のなさそうな秘書は、さっさと書類整理の作業に戻っている。臨也は深い溜め息と共に、今度こそ頭を抱えてデスクに沈んだ。






というようなことがあった次の日、臨也は所用で池袋の街中を歩いていた。
サンシャイン60へと向かう、人ごみの道を歩きながら思う。臨也の愛する人間たちが、こうまで集うこの街にどうも苦手意識があるのは、この街にくるとアイツに会ってしまうというもはや刷り込みに近い嫌悪感があるからだろう。
絶対会う、今日も会う、会う前に早く帰ろう、でも絶対会っちゃうんだろうなあ。などと埒もなく思っていたところで、こんな声が聞こえてきた。
「そういや今日までっすよ、マックポテトの150円セール」
これだけだ。ゲームセンターの呼び込みやらパチスロ店の騒音やら道行く人々の話し声やら、とにかくありとあらゆる音が飽和したこの街で、ただその、深い意味などまったくない声だけが、やけにはっきりと臨也の耳に届いたのだ。
「…あー、やっぱり会っちゃったか」
憎々しいほど聞き覚えのあるその声の持ち主を探すと、数メートル先に、頭一つ分飛び出た金髪を見つけた。人ごみの中、歩みを止めた臨也の方角にゆったりと歩いてくる。隣りに上司と思しきドレッド頭の影があるので、仕事の合間をみて休憩にでも行くところなのだろう。
臨也は頭を抱えた。

『津軽の声なら、どんなに小さくても、聞こえるよ!』

ああそうだよ、と臨也はやけくそのように思う。
ああそうだよ、俺だってシズちゃんの声ならどんなに小さくても聞こえるよ畜生。たとえこんな雑踏の中、数メートル離れていても、それだけ切り取ったようにはっきりと。

そんな臨也の微妙な苦悩をよそに、かなり近づいてきた静雄が、ようやく臨也の姿を確認したようだ。ぴくり、とこめかみを動かした静雄は、近くにあった街灯を片手で折った。
異常な事態に、周囲の人間がざわめいて臨也と静雄の間を避けていく。
「なんか臭ぇと思えば、やっぱり手前か、いーざーやーくんよぉ」
「よく言うよ、ついさっきまで気付いてなかったくせに…」
こっちなんて、相当距離があったときからその声が聞こえていたというのに。
「ああ!?」
ぴきぴきと顔に血管が浮き出ている。つい今しがたまで隣りにいたはずのドレッド頭の影は、既に遠く離れたところにあった。
街灯を振りかざし、臨戦態勢の静雄に、臨也はこれ見よがしに溜め息を吐いて見せる。
「シズちゃん、あのさあ」
「あ!?」
作品名:唇に毒ある蜜を 作家名:サカネ