興味という計算外な感情
いつの間にか煙草を消していたトムに臨也は呆けた顔を向ける。何を言っているのか分からない、と言ったように文字通り目を点にして自己陶酔からも解脱した表情はまさに狐に抓まれたような顔だった。
臨也とトムの間に面識はこれっぽっちも無かったものだからそれはそれは驚くというものだ。なにせ折原臨也という男の第一印象は眉目秀麗、といえば人当たりの良い好印象、というところであるのに、田中トムという男は臨也の内面にあるどす黒い部分を見抜きにべもなく嫌悪感を示して見せた。それがどういうことであるか、分からない臨也ではなかった。
「あはははは!さすが平和島静雄の上司、といったところかなぁ!いやいやバカにしてるわけじゃないよ?でもさぁ、どうしてシズちゃんがこんな人の下で何にもなく働いていられるのかってのはあったけど・・・よく分かった気がするよ」
「俺のこたぁどうでもいいけどよぉ・・・静雄がお前を嫌ってるってのはお前がいやな奴だからなんじゃね?って思ったわけよ。」
「へぇ?だったら?」
「まぁ、静雄に近づかねぇって言わせるしかねぇべ」
けだるそうな口調から想像もつかないような鋭い表情でトムは臨也を睨みつける。それに呼応するかのように臨也の笑みは深さを増していった。舌舐めずりするようにトムの存在を見定め、そして臨也はパッと両手を挙げ代わって悪意のない笑みをその顔に貼り付けた。それに間の抜けた表情を見せたのはトムの方だ。自身の心もとない怒りとも威嚇とも言える精一杯の去勢をあっさりとかわされてしまったのだからそれもそうだろう。両手を挙げ降参のポーズを見せる臨也にその去勢を解いてしまった。
それを狙っていたかのように臨也はすかさずトムに近寄る。静雄の手綱を操る平凡な男。臨也の悪意性を一目で見抜いた人間、というのも先ほど加算され臨也は益々興味を惹かれていった。出会った時分の憐れんだことを謝罪してもいいくらいには申し訳なく思っている。その感情すら芽生えさせた唯一の人間として、臨也はトムに対して非常に特別な思いを禁じ得なかった。
「わっ!なんだ・・・」
「ねぇトムさん。俺はさぁ、人間が好きなんだ。まぁシズちゃんは人間と思ってないから好きじゃないんだけど・・・でもあんたにはすごーく興味が湧いたよ。ここ最近池袋に来てたのもあんたに会うためだったんだけどね。今日会えて良かったよ。益々興味が湧いた。また会ったらもう少しじっくり話したいな。」
「はぁ?」
「あと喧嘩が苦手ならそんなに無理して威嚇しなくてもいいから。俺はシズちゃんと張り合ってきたんだからね」
驚くトムを目前に人当たりの良い笑み(トムにそう見えたかは知るところではないが)を浮かべ、チラリと袖口からナイフを見せると、臨也は闇に消え入るようにしてその場を去って行った。残されたトムは唖然としたまま、路地裏には遠くに聞こえる池袋の騒音と戸外の清閑さが相反した空気を漂わせていた。
臨也はといえば、なにやら楽しげな、再び何か企み事を思いついたような笑みを浮かべ、闇に混じるように足音も静かに新宿へと帰って行った。
「実に面白いものを見つけたなぁ・・・」
END
作品名:興味という計算外な感情 作家名:みそさざい