天使
羽はどんどん大きくなった、その羽で飛べるのか?と聞くとそれはできない。と言う弦一郎。一人、期待をして飛ぶ練習でもしたんだろうか、その姿を想像すると少々微笑ましくもあったがそうは言ってられなくなった。
ある日弦一郎の家にいくと今日は調子が悪いから寝ているのだとおばさんが言う。おばさんは、羽の事を知っている、器量の大きい人で解決するまで学校を休んでいいと言ってくれた。驚かず、騒がず、この母にしてこの子有りとはよく言う。
弦一郎の部屋へあがるとそこには白い羽で全身を覆って眠る姿があった。弦一郎バカと言われてしまうかもしれないが、俺にはどうしても天使に見える。
「れんじ」
「ああ、見まいにきたぞ。」
「俺は、病いではないぞ。」
ははは、そうだな。調子が悪いと聞いたが、と話をすすめると弦一郎は横たえていた身体をゆっくりと起こす。
「・・・・だるい」
「ほう、そうか。少し、背中をみせろ。」
「ああ・・・」
弦一郎はゆっくりと後ろをむくと俺は唖然とした、弦一郎の背中は、こんなに小さかっただろうか。少し触ってみると指に肋の感触が解る。
「おい、弦一郎。食事はとっているのか?」
「ああ。しっかり朝昼夜ととっている。」
それにしては弦一郎のやせ方は異常だ、俺は少し声色を変えて話す。
「弦一郎、だるいだけか。」
「・・・背中が痛い。」
もしかしなくても、どうやら羽が弦一郎の体力を吸っている、そしてこの大きさなら考えもまとまるものだ。
この羽を切らなくては弦一郎が死んでしまう。危機感が今更になって押し寄せる。
とにかく一刻を争う、弦一郎をこんな羽に殺されてなるものか。さっき天使に見えるとは言ったが、この羽はまるで死神だ。
「今日はこれで失礼する、また何か解ったらすぐにしらせるから」
「・・・蓮二、ありがとう」
そういって笑う弦一郎はもう弱りきっていた。
俺は弦一郎の家を出て、走った。外の空気は蒸していて、息をするたび濡れた酸素が俺の喉を蒸らし、息を飲むたび心臓がわんわんと喚いた。血が体中で波を打ってうねり、こめかみが痛い。なんだろうなんでこんなに痛いんだろう胸が焼けて、溶けてしまいそうだ。焦がされていくみたいに胸が痛む、堪え切れずに、泣いてしまいそうだった。
家に帰ると姉が家に帰ってきていた、旦那と喧嘩したからしばらくいさせてくれと頼んだらしい。姉は肝が座っているし、男の俺より決断が早い、どうせ旦那さんと口論になって少しいらいらして突発的に帰ってきたんだろう。
しかし俺はひとつ相談してみようとおもった、弦一郎の事は姉も知っているし、姉は少し弦一郎のお母さんに似ている所がある。羽がはえたといってもきっと驚きも騒ぎもしないだろう。
「、とこう言うわけで今正直あせってるんだ」
「ふーん、すっごいファンタジーね。」
「…笑い事じゃないんだけど」
「解ってるわよ、っていうか、あんたそれ、そんなような話を絵本でよんだ事ある。」
「なに?」
あんたもきっとよんだ事あるはずっと荷物を放り投げて古い本棚をあけて絵本を出した姉はその絵本を俺に投げてよこした。
「ちょっと…なげないでよ」
「五月蝿いなあ、はやくよんでみなよ」
「わかった、」
こんな昔読んだ絵本にひんとがあるのかと言えばその可能生は低いが、悩んでいる暇はない。とにかくなんでもいいんだ、何か情報があればそこから行き着くかもしれない。俺は大急ぎでその絵本をよんだ。
姉がまだ読んでいないと手をだすのをふりはらって先にすすんだ。
主人公は小さな女の子だ、仲良しな男の子に恋をしてる。好きで好きでしょうがない、でも想いを伝えるような勇気は彼女にはなかった。
いつかその想いは身体をはみ出して、羽になって現われた。羽はその女の子の想いを象徴してる、いつしか羽は想いをすいつくして大きくなった、それでも羽はまだ大きくなる。彼女の身体はみるみるうちに小さくなった。
羽は彼女を通して別の生き物になろうとしていた。病気になったから学校にはこれないと言うと男の子は女の子の家に毎日おみまいにいった。沢山話しをした、だんだんと小さくなりはてて彼女は自分では動けなくなった。
「やだ、何この話、すごいかなしいじゃない。」
「うるさいな、まだおわってないよ」
ついに喋るのもやっとな彼女に男の子は好きだといった、ずっと前から、いえなかった。と、彼女はとても嬉しそうな顔をした、羽は彼女の元を離れて横にころがった。
「暗い話…」
「こんなの俺たち読んでたんだね」
「だから暗いのねー」
「誰が、」
「蓮二が」
五月蝿いな!!と髪の毛をぐしゃぐしゃとする姉の手をどかして俺は何度もよみ返す。絵本は最後彼女の寝顔で終わってる。
でもどうにも寝ているようには見えない俺はぞっとした。
「弦一郎くん、好きな人いたのかな。」
「え」
弦一郎に好きな人、そう聞くと胸が痛んだ。
あの羽がもしこの絵本通りだったとしたら、口に出せないような想いが弦一郎の中にあったと言う事だ。
いったい誰にそんな想いを抱いていたんだろうか、俺は辛くてどうしようもなかった。
俺は弦一郎が好きだ、それは、心の底から沸き上がってとまらない、確かな感情だった。好きだった。俺は弦一郎が好きだった。とてつもなく計り知れないほど猛烈にただ、好きだった。掻き抱きたかった。同じ強さで抱き返してもらいたかった。
しかしそれは弦一郎には言えない想いだ、この絵本の通りなた俺にもその羽が生えてもおかしくない。
俺は絵本を抱えて家を出る、精市に電話をかけ近くのファミレスで落ち合う事にした。
「真田んとこの帰り?」
「いや、家からだ。」
精市に絵本を見せるとしばらく黙ってその絵本を読んだ、何度も読み返しては俺の顔を何度か見る。そのたびに俺はびくりとした。
「これ、まんまお前らの事じゃん」
「そ、そんな事は」
「現に真田はあんなだし。好きな人が出来るなら柳しか考えられないよ、俺は」
弦一郎が俺を好きだなんて事は自分の頭の中では考えもつかなかった。
恋愛感情などたるんどる!とひとけりしてしまわれる、それに弦一郎だ。男同士の恋愛なんて余計範囲外だろう。
「しかし」
「しかしもへったくれもない。俺がいないあいだお前は確実に真田の支えになってたし、柳だって真田の事をずっと見てきただろ?」
「それだけで好きという事になるわけないだろう」
「うるさいよ、頭でっかち!」
「な!」
ばんと精市がテーブルををたたくと飲み物が揺れた。
「兎に角、柳は真田の気持ちを確かめなよ。他になにも手がかりがないなら今はこの絵本を頼るしかない。」
精市に言われるがまま、俺は頷いた。満足そうに座りなおす精市はそのまま店員を呼んでパフェを頼んだ。
精市とわかれた後、家に戻りまた絵本を読み返す。この絵本はとても悲しい話で最後は曖昧なものだから、もし俺がこの本の通り弦一郎に想いを伝えて弦一郎の願いを叶えるとして羽が落ちたあと弦一郎はどうなる?もしかして死んでしまうのではなかろうか。
弦一郎の居ない世界、弦一郎が居ない世界で生きる自分を考えるとぞっとした。
あまりにも辛すぎる。
その日俺は宿題もせずに就寝した。
日に日に弱って行く弦一郎を見るのが怖くなった。