花よりも華のよう
プロイセンが神聖ローマを見かけたのは、図書室だった。
少年の本好きは彼も知っていたので、普通なら少年に目礼して、邪魔などせず通り過ぎただろう。
だから。(俺の好奇心が刺激されたのは、奴があわてて表紙を隠そうとしたせいであって俺のせいじゃねえ)と、プロイセンは思った。
「何の本だ? 淑女のし……」
「声に出して読むなぁ!」
机に広げた本を抱え込むように隠そうと、じたばたする少年。いつも自分を律することに慣れてしまった子供の、珍しいあわてぶりがおかしくて、プロイセンは容赦なくツッコミを続行する。
「なんだよ、お前も口説きたい娘ができたのか」
ニヤニヤ笑って見せると、少年はムッとしたように口をつぐんだ。
プロイセンが予想したのは、モテ本くどき本の類だった。(こいつもそんな年頃か)と感慨にふけりつつ、隠しきれてない本のタイトルにざっと目を通す。
ところが。
「淑女の躾Q&A、私の社交界デビュー、貴婦人のたしなみ? なあ、お前いったい何がしたいわけ?
嫁ぎたい相手でもできたのかよ」
次の瞬間。椅子から飛び降りた神聖ローマの全体重が、プロイセンの足の甲を直撃する。
「!! っ、てめえ、何しやがる!」
文句を言おうとしたプロイセンは、少年が射るような目つきでにらんでいる事に気付いた。
「笑うな! 俺は真剣なんだ!」
顔を真っ赤にして怒っている少年に、とりあえずプロイセンは素直に謝らざるを得なかった。
「悩みがあるなら聞いてやるぜ」
プロイセンがそう告げると、俺の知ってる子なんだが。と前置きして少年は口を開いた。
その子がオーストリアのもとで働いていることや、周囲に味方がいなくていつもおどおどしていることなどを、ぽつぽつ説明する。
いつも半べそ顔で俯いて、それでも文句も言わずに働いているところが気になっていた。初めは目を合わせるだけで逃げられ、親しくなるまでは少年なりに苦労があったようだ。
「最近はよく笑ってくれるようになって、向こうから話しかけてくれたりもするんだ」
実に結構な話じゃねえか。と呟くプロイセン。だが、神聖ローマの顔色はさえないままだ。
「なじんでくれたのは嬉しい。だが、今度は平気ですり寄ってきたり抱きついてきたりするようになって……」
困るんだ。と、神聖ローマが呟いた。この赤面は、怒りではなく恥じらいらしい。
「ああ。判るぞその気もち。向こうが気にしてない分よけい、気まずいんだよな」
からかわれる覚悟で相談した神聖ローマは、その返事に妙な実感が伴っている事に驚いた。
「判るのか?」
プロイセンは、肩をすくめてみせることで返事に変えた。
「で? 一人前の男あつかいして欲しいなら、さっさと求愛しろよ。まあ、それができるなら苦労はしねえだろうけどよ」
彼独特の、喉を鳴らすような含み笑いをしながら、神聖ローマが集めた本に視線を向ける。やっと、少年の考えている事が理解できた。
(つまり、自分が退くより相手に適度な距離をとってもらおうってことか。考えたな)
そのためのアドバイスを求めて、これらの本をひっくり返していたんだとしたら、なかなか健気ではある。かつて気まずさのあまり相手を避け、こそこそ逃げ回ったことのあるプロイセンは感心した。
その時は容赦なく問い詰められ、「オレを避けなきゃならねえようなこと、しやがったのか!」と責められる羽目になった。あげく問答無用でぼこぼこにされるという不憫な目にあったことは、誰にも言えない黒歴史になっている。
「その娘もお前に気がありそうだから、話つけちまえば? 案外それを待ってるかもしれねえぜ」
ニヤニヤ笑いながら少年をつつく。おとなしく話を聞いていた神聖ローマは、神妙な顔で頷いた。
「うむ。やはり正式に『一緒になろう』と告げるべきなんだな」
「なんでいきなりプロポーズになるんだよ!」
思わず大声を出したが、じゃあどう言えばベストかなどという代案が浮かばない――ここで妙案が浮かぶなら、彼自身も苦労していない――実は全く頼りにならないプロイセンだった。
少年の本好きは彼も知っていたので、普通なら少年に目礼して、邪魔などせず通り過ぎただろう。
だから。(俺の好奇心が刺激されたのは、奴があわてて表紙を隠そうとしたせいであって俺のせいじゃねえ)と、プロイセンは思った。
「何の本だ? 淑女のし……」
「声に出して読むなぁ!」
机に広げた本を抱え込むように隠そうと、じたばたする少年。いつも自分を律することに慣れてしまった子供の、珍しいあわてぶりがおかしくて、プロイセンは容赦なくツッコミを続行する。
「なんだよ、お前も口説きたい娘ができたのか」
ニヤニヤ笑って見せると、少年はムッとしたように口をつぐんだ。
プロイセンが予想したのは、モテ本くどき本の類だった。(こいつもそんな年頃か)と感慨にふけりつつ、隠しきれてない本のタイトルにざっと目を通す。
ところが。
「淑女の躾Q&A、私の社交界デビュー、貴婦人のたしなみ? なあ、お前いったい何がしたいわけ?
嫁ぎたい相手でもできたのかよ」
次の瞬間。椅子から飛び降りた神聖ローマの全体重が、プロイセンの足の甲を直撃する。
「!! っ、てめえ、何しやがる!」
文句を言おうとしたプロイセンは、少年が射るような目つきでにらんでいる事に気付いた。
「笑うな! 俺は真剣なんだ!」
顔を真っ赤にして怒っている少年に、とりあえずプロイセンは素直に謝らざるを得なかった。
「悩みがあるなら聞いてやるぜ」
プロイセンがそう告げると、俺の知ってる子なんだが。と前置きして少年は口を開いた。
その子がオーストリアのもとで働いていることや、周囲に味方がいなくていつもおどおどしていることなどを、ぽつぽつ説明する。
いつも半べそ顔で俯いて、それでも文句も言わずに働いているところが気になっていた。初めは目を合わせるだけで逃げられ、親しくなるまでは少年なりに苦労があったようだ。
「最近はよく笑ってくれるようになって、向こうから話しかけてくれたりもするんだ」
実に結構な話じゃねえか。と呟くプロイセン。だが、神聖ローマの顔色はさえないままだ。
「なじんでくれたのは嬉しい。だが、今度は平気ですり寄ってきたり抱きついてきたりするようになって……」
困るんだ。と、神聖ローマが呟いた。この赤面は、怒りではなく恥じらいらしい。
「ああ。判るぞその気もち。向こうが気にしてない分よけい、気まずいんだよな」
からかわれる覚悟で相談した神聖ローマは、その返事に妙な実感が伴っている事に驚いた。
「判るのか?」
プロイセンは、肩をすくめてみせることで返事に変えた。
「で? 一人前の男あつかいして欲しいなら、さっさと求愛しろよ。まあ、それができるなら苦労はしねえだろうけどよ」
彼独特の、喉を鳴らすような含み笑いをしながら、神聖ローマが集めた本に視線を向ける。やっと、少年の考えている事が理解できた。
(つまり、自分が退くより相手に適度な距離をとってもらおうってことか。考えたな)
そのためのアドバイスを求めて、これらの本をひっくり返していたんだとしたら、なかなか健気ではある。かつて気まずさのあまり相手を避け、こそこそ逃げ回ったことのあるプロイセンは感心した。
その時は容赦なく問い詰められ、「オレを避けなきゃならねえようなこと、しやがったのか!」と責められる羽目になった。あげく問答無用でぼこぼこにされるという不憫な目にあったことは、誰にも言えない黒歴史になっている。
「その娘もお前に気がありそうだから、話つけちまえば? 案外それを待ってるかもしれねえぜ」
ニヤニヤ笑いながら少年をつつく。おとなしく話を聞いていた神聖ローマは、神妙な顔で頷いた。
「うむ。やはり正式に『一緒になろう』と告げるべきなんだな」
「なんでいきなりプロポーズになるんだよ!」
思わず大声を出したが、じゃあどう言えばベストかなどという代案が浮かばない――ここで妙案が浮かぶなら、彼自身も苦労していない――実は全く頼りにならないプロイセンだった。