花よりも華のよう
プロイセンが少年の思い人を知ったのは、偶然だった。
オーストリアに呼び出され、しぶしぶ館に出向いたものの気が乗らずに庭を散策していた。その時、洗濯物を干すメイドと、それを手伝いながら話しかけている神聖ローマを見つけたのだが……。
「まさかあれ……イタリアちゃん?」
どうなってるんだよ、おい。と呟いたプロイセンの背後から「何の話?」と声がかかった。振り返ると、買い物かごを抱えたハンガリーが彼を見ている。
かつてプロイセンより猛々しかった戦乙女は、ここにきて花が開くように美しくなった。
「いきなり顔出すんじゃねえよ、心臓に悪い」
「人の事、怪物みたいに言わないでくれる?」
ほのかなときめきに冷水をぶっかけるような、そっけない返事を返すハンガリー。
イタリアや神聖ローマには「優しいお姉さん」っぷりを発揮している彼女なのに、プロイセンに対してはいつもケンカ腰だ。
とにかく、と手招きしたプロイセンは、神聖ローマから聞いた話を打ち明けた。
「奴の好きなのがイタリアちゃんだとしたら、マズくねえ? アイツ、イタちゃんが男だって知らねえのかよ」
「そんなの、たいした問題じゃないでしょ」
けろりと返され、プロイセンは「え? おかしいのは俺の方?」と自問自答してしまう。
「神聖ローマは、ちびちゃんが男でも女でも好きでいてくれると思う。あの子たち仲良くて、見てて微笑ましいじゃない」
「そういう話じゃねえんだけどな……」
ため息をつくプロイセンを見上げ、ハンガリーは笑った。
「性別より、大事なことがあるでしょ。あの子たちはお互いに、優しくしたりされたりしてればいいと思う。
だって。敵とか味方とか占領者とか保護国とか関係なく仲良くできる相手は、貴重よ」
ハンガリーの目には、ふたりは幼い友情をはぐくんでいるようにしか見えてないらしい。と、プロイセンは思った。もしかしたら、かつての彼らのように。
(友情を強要される身にもなれ)という嘆きが、珍しくプロイセンの口を滑らせた。
「俺だって、優しくされてぇよ」
馬っ鹿じゃないの?と笑われるだろう。そう思っても止められなかった。だから。
「はいはい。アンタが頑張ってるのは、ちゃんと知ってるからね」
こんな言葉と共に伸びてきたハンガリーの手が、プロイセンの頭をなでたことに最初は気づけなかった。
「え?」
思わず彼女の顔を見ると、ハンガリーは眉をひそめて手を引く。
「習慣でつい反発しちゃうけど、たまには優しくしてあげてもいいわ」
硬い表情で言われ、(お情けかよっ)と、プロイセンはむっとした。血の気が引いた顔に冷笑が浮かぶ。
「俺からは倍返してやるぜ。何して欲しい?」
声に適度な嫌味と若干の嘲笑を含ませ、ハンガリーに囁いてみる。いつもこうだ。優しい返事がどうしてもできない。
プロイセンの態度に呼応して、彼女の表情が怒気に染まるのもいつもの事で。お決まりと言っていいほどなじんだやり取りだ。
激しい性格が表情を彩るこの瞬間が一番綺麗だ。などと思うところが始末に負えないと、自分でも思う。
「アンタから欲しいモノなんて、何もないわっ!」
細い顎に手を添えてせまったまでは良かったが。次の瞬間、プロイセンは彼女がどこからともなく取り出したフライパンで叩きのめされてしまった。
ぶちのめしたプロイセンを置いて、その場を立ち去るハンガリー。ふと、彼の頭をなでた右手に視線を落とす。
(オーストリアさんより髪が柔らかいなんて、思わなかった)
その時の動揺を握りつぶすため、結局いつも通りの態度をとってしまった。アイツが悪いのよ、とハンガリーは自分に言い聞かせる。
(反則よあんなのっ!)
何に対して腹を立てているのか自分でもよく判らなかったが、ハンガリーはとにかく足早にその場を立ち去った。
振りきった「何か」から、一刻も早く遠ざかりたい。そんな勢いだった。
終