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昭和初期郭ものパラレルシズイザAct.3

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結局臨也はその日から二三日床につき
その間は新入りの帝人が臨也の世話をし
何かとこの商売についての心得を
あれこれ教えられているらしかった
そのうちに暦が6月から7月へ変わり
店の者達の衣装も一斉に単から絽の夏物へ

丁度三日目の夜
下働きの使用人達の部屋の片隅で
浴衣がけの静雄が夜食の湯漬けなどかきこんでいる時
臨也の夕餉の膳を下げてきたらしい帝人が
ウロウロと物慣れない仕草で
「あの、これ、何処へ・・・」と迷っているのを
「おい手前」と静雄が手招きで呼び寄せる

おっかなびっくり
立派な丹塗りの膳を捧げ持ったまま
近づいてきた帝人はまだ店にあがっていないせいか
絽ものではなく浴衣がけの軽装で
「座れ」と目で指図されそこへぺたりと
正座で座る

「それ、あいつのか?」
「あっ、ハイ・・・。」
「何だぁ?ほとんど食ってねぇじゃねぇか?」
「ハイ・・・。要らないって・・・。」

食べた方がいいですよって
随分
待ってみたんですけれど
と帝人が溜息をついて膳を置く

「臨也さん・・・寝汗も酷くて。」
「あァ・・・病気持ちらしいな。」
「なのに・・・あんな・・・無理を。」

独り言のように
呟く新入りの子の横顔を静雄は見る

「・・・手前。恨んでねぇのかよ?」
「えっ?」
「あいつ。手前ん事手込めにしたんだろうが。」
「・・・でも」

ここへ来たからには
いずれそうなるって事ですから
あの人が最初で
まだ僕は幸せな方だと思います
ほんの少し少年が頬を赤らめる
その物慣れない純情な様子は
如何にもこんな色恋沙汰も金次第の店にそぐわない

「手前、正臣の知り合いなんだってな?」
「あ、ハイ。同じ集落の近所で育って。」
「あいつに誘われたってか?あいつそう言ってた。」
「えぇ・・・。」

まとまった金が
どうしても急いで必要でしたから

言葉少なに少年が言う

「僕らの集落は貧しいから。売られて行く子も多くて。」
「・・・そうかよ。湯漬け、食うか?」
「あ・・・ハイ。いいんですか?」
「あぁ。頼んでやるよ。それ貸せ。俺が食う。」

静雄は調理場へもう一つ湯漬けを頼むと
臨也がほとんど手をつけていない
立派な丹塗りの膳の上の食事をつつく

「あいつ、いいモン食ってやがるな。」

使用人の自分とは随分と差のある夕餉の膳に
ブツブツと文句を垂れながら静雄は
すっかりとその残りを平らげて
目を丸くしている帝人に気付いて
「あ?」と瞳を眇める

「いえ!別に?!」

静雄に瞳を当てられた帝人は慌てて湯漬けをかきこみ
慌て過ぎて喉につかえてむせたりし
その背中を静雄が叩いてやるとそれが強すぎてまたむせる

「すっ、すみません・・・。」
「いいから。落ち着いて食え?」
「はっ、ハイ・・・。」
「オー。帝人ーっ!」

何食ってんのー

そこへ降ってくる明るい声は

「・・・正臣!わっ、どうしたの?!」
「ンー?ちょっと酔い醒ましってヤツぅ?」
「ちょっと、正臣さん、早く部屋戻らないと」

旦那が怒りますよ

帝人にしなだれかかる正臣を
正臣付きのまだ見習いの少年が困った顔で引っ張る

「厠へ行くって言って出て来ただけなんですから!」
「わーってるってぇ?」

どーせ
今日は朝まで買われてんだしさ

正臣は自棄気味に言い

「じゃな、帝人?」

ニコリと帝人に笑い掛けて立ち上がり
途端に吐き気がしたのか
口元を押さえてまたしゃがむ

「ちょっと正臣?大丈夫、正臣?!」

頷く正臣はしばらく
吐き気を耐えたあと
青くなった顔色でそれでもにっと笑って
「じゃ?」とヒラヒラと手を振って出て行く

「・・・正臣。」

後に残ったのは
酒の匂いと
男の匂い
朝まで正臣を買う程の財力を持つ旦那は
今正臣が羽織っていた見事な山吹色の絽の振り袖も
正臣の為にわざわざ京都で誂えてやったと聞く

「・・・あいつ、ナンでこんな商売やってんだ?」

いつまでも正臣を見送っている帝人に
静雄が浴衣の袖を捲って問いかける

「あいつならもっと他に稼ぎ様があんだろが?」

あいつ頭も回るしよ

自分はそれ程頭の回らない静雄だが
勘だけはいいので不思議に思う

「・・・正臣は。」

どうしても
早くに金が要るんです

帝人が正臣の影が
完全に廊下から消えた後も
まだそこを見つめながら言う

「・・・それに、」
「帝人さん、臨也さんが呼んでます。」
「あっ、ハイ!すぐに行きます!」

湯漬け
ありがとうございました

帝人がぴょこりと頭を下げて
すっかり空になった膳を調理場へ下げながら
静雄に向かってにっこりとする

「静雄さんて。臨也さんと親しいんですね?」
「・・・はぁ?」
「だって。臨也さんの食べ残しを何も抵抗なく」

食べてましたからと
帝人は微笑んで膳を下げてゆく

「あ?アイツ何言ってんだ?」


髪を掻く静雄は新入りの少年よりも
こういうことの機微には疎く
そのうちに
その事すらも忘れてしまった





「わぁ。何してんだよコレ?」

ある日静雄がのそのそと昼過ぎに起き出して来れば
座敷には目を射る青竹の緑と香り
様々な彩りの短冊と紙飾り
それに群がり何やら楽しそうな小年達

「おはよう。七夕だからね。こういう商売は」

季節行事が稼ぎ時でもあるからね

すっかり夏めいた絽の薄紫の裾を引き
絽の白い夏襦袢姿に水色の伊達締め
臨也が団扇を使いながらチラと静雄を見る

「久しぶりだね。シズちゃん?」
「誰がシズちゃんだ。もう身体いいのかよ手前?」
「お陰様で。もうすっかり。」

その子の献身的な看病のお陰でね?と
蠱惑的に微笑む先には
仲良さげに頭を寄せ合って笑い合う
筆を持った帝人と正臣の二人組

「シズちゃんも短冊にお願い事書いてみる?」
「だから誰がシズちゃんだ。あぁ?」
「君がだよ。さぁ皆、いいね?」

お願い事はよく考えて書くといいよ

にっこり微笑む臨也に皆が
はぁいと答えて筆を持つ

「オイ。墨じゃねぇぞあれ?」
「あぁ、そう。檸檬の汁だね。」

澄まして答える臨也の前で
小年達が短冊に書く筆先は黒でなく
座敷に漂う香りも墨の香りとは全く違う

「そうか。檸檬の匂いかよこれ?」
「フフ。珍しい?」
「あぁ。で、ナンで檸檬の汁で書くんだ?」

あれじゃ
何書いたか読めねぇだろと
静雄が首を傾げると
さもそれを面白そうに臨也が笑う

「見えたら。駄目じゃない?」
「はァ?」
「この子達の願いなんて。旦那衆に見せたくないだろ?」
「あぁ・・・。」

そういう事かと静雄は思う
色とりどりの短冊に
書かれた願いはきっと皆
この苦界に留まりたいと願うはずのないもので

「夢が大事なんだよこの商売は。」

微笑む臨也の口元が
皮肉混じりに吊り上がる

「旦那衆にはせいぜいかりそめの夢を見て」

金を落として貰わなきゃ


「皆、書けたらちゃんと笹に結んで。あぁ飾りもね。」

ホラ
シズちゃん君の出番だよボーッとしてないで
と団扇で尻を叩かれて
静雄は指示され大きな青竹
片手で軽々もたげて立てて
少年達がワイワイとそこへ短冊結びつけ
飾りもつけて華やかに
今日もかりそめの夢の幕開け