本当に面倒なひとですね。
金曜日、それは、どこか心躍る日。
帝人はショーウインドウをあても無く見たりしながら、池袋の街を歩いていた。さっきまで正臣と一緒にクレープを食べていたせいで財布は軽かったが、気分も同じくらい軽い。この土日の休みで、ネットビジネスのバイトをいくつかこなせば、月末の給料日にはそこそこのお金になりそうだ、と頭の中で上機嫌に計算をする。と、ぼんやりしていたせいで急に目の前にぬっと現れた黒い影に反応できずに、そのままぼすっとつっこんでしまった。
「っわ、す、すみません!」
鼻を打った顔を上げて、慌てて謝罪を口にすれば、視線の先で目が合った顔は見覚えがある。いやむしろ、毎日のようにメールのやり取りをしている、目下一応帝人の恋人の・・・。
「臨也さん?忙しいの、終わったんですか?」
帝人は驚いて声をあげた。少し前に、一週間くらい忙しくなるから会えないんだごめんね、と言っていた臨也。計算上では、まだあれから一週間はたっていないはずだが・・・。
「・・・臨也さん?」
ぼんやりと帝人を見返してくる臨也に、首をかしげながら帝人はその顔を覗き込む。顔の前でひらひらと手を振ってあげれば、ようやく臨也の目の焦点が合ってきた。と、同時に。
「みかどくん・・・」
と、頼りない声が漏れる。
「あ、はい。帝人ですけど」
「帝人君だあ・・・」
「はあ・・・」
「よろしい、ならば帝人君だ!」
がしっ!
「え。ちょ、なに・・・!?」
急に臨也の目つきがかわる。と思ったら即座に手を握られる。なんだ!?と目を白黒させた帝人を引き摺るように、臨也はすぐそこに止まっていたタクシーに片手を挙げ、開いたドアへと帝人を押し込んだ。
「さあ乗って!すぐ乗って!今乗って!」
「ちょ、ホントなに!?っていうかテンション高っ!」
押し込められた帝人に有無を言わせぬまま、臨也は自分もタクシーに乗り込んで高らかに新宿の自室の住所を告げるのだった。
さて、時間にして15分ほどでついたマンションは、普通の人間が普通に中小企業に勤めていたのでは一生住めないような高級マンションであり、かつ、この折原臨也の最もプライベートな空間である。
家族でさえここの存在を知らない、と本人が言うほどの所なのだが、一応恋人と言う関係になってから帝人がここを訪れるのはこれで3度目だった。
最初のときは、お互いに緊張しまくってコーヒーに塩を入れて飲んだ(しかも二人揃って入れたから同時に噴出して大変だった)。
二度目のときは、場を持たせる為にDVDを一緒に見たのだが、それがなにを血迷ったかホラーだったものだからさあ大変。思わず暗闇の中で手を握り合ってしまい、照れた臨也がベランダから恥ずかしさの余り飛降りようとするのを、帝人は必死で止めなければならなかった。
付き合えば付き合うほど、帝人の中で臨也と言う存在が面倒な存在になっていくのだが、それを差し引いて有り余るくらいに帝人のときめきのツボを突きまくってくれるので、最近ちょっと恋人らしくなってきたかなあ、と思っている。
まあそれは置いておくとして。
「さあ帝人君いらっしゃい!」
ばたん!と自室の部屋の鍵を開けて、帝人を引きずりながら部屋に入った臨也は、自分でつれてきたくせに自分でそんなことを言って靴を脱ぐように促した。
「・・・あの、何で僕、拉致されたんでしょう?」
一応、と靴を脱ぐ前に尋ねたならば、臨也はドアを施錠してチェーンをかけつつ、
「これがほんとの略奪愛!」
とかなんとか言っている。もうだめだこの人。
「いえ、あの、そもそも略奪愛って意味が違いますし・・・」
「池袋から帝人君という愛を略奪してきました!」
「ほんとにテンション高いですよね!」
これは何を言っても無駄っぽい。帝人は観念して息を吐き、靴を脱いで室内に上がりこんだ。大人しく臨也に促されるままソファに座ると、臨也は横に座り、べったりと帝人にくっついてくる。
完全に甘えモードだ。
「臨也さん・・・?」
普段恥ずかしがってこういうことをあまりしてこない臨也なだけに、訝しげに帝人が首を傾げる。すると臨也は分かっているとでも言うような笑顔を返した。
「帝人君急につれてきちゃってごめんね!さあここで問題です俺は何日寝てないでしょう!」
寝 て な か っ た の か ・・・!
どうりでテンションが普通じゃないと思ったら。しかも何日、と言うからには1日2日の話ではないのだろう。帝人は首をかしげながら、
「えっと、3日くらいですか?」
と尋ねた。
「ブー残念!実は4日です!」
爽やかに返された答えに、帝人は思わず頭を抱える。そりゃあ、このテンションにもなるだろう、そんなに寝ていなかったら。
「お仕事は、もう終わったんですか?」
一応尋ねれば、帝人の腕に幸せそうにしがみつきながら、帝人君に会うちょっと前に終わったよーと眠そうな声が返った。
「なら、ベッドでちゃんと寝たほうがいいんじゃないですか?って言うか僕は何のために拉致されたんですか?」
まさか抱き枕にするためじゃないだろうな、と考えていると、臨也はへらっと笑って、すりすりと帝人の肩に頬を摺り寄せた。
「会いたかったー」
「え?あ、はい・・・」
「もー、ちょー会いたかったー、帝人君・・・」
言われた言葉に、帝人は一人で真っ赤になる。何これ恥ずかしい。普段ならここで一緒に臨也も照れるから冷静になれるのに、今日の臨也は眠気MAXのせいでただひたすらニコニコしているのでいたたまれない。
「・・・僕も、会いたかったです、よ?」
せめてもの仕返しにそんなことを言った帝人に、臨也はきょとんと目を見開いて、えへへーと笑った。何これ可愛い!うちの子超可愛い!うちの子マジ天使!23歳児最強なんだけど!
思わず手を伸ばして、その頭をよしよし、となでてあげた。帝人の心境は恋人と言うより、今は母親に近い。よくできましたいい子ですねー的な撫で撫でに、とろーんとした顔をしつつ「みかどくんにほめられた」とか舌っ足らずに呟いた臨也が、ぱああと顔を明るくする。
「帝人君!」
「は、はい!」
「ご褒美ちょうだい!俺頑張ったからご褒美!」
ちょうだいちょうだい!とぐりぐり寄って来る臨也の体重を支えきれずにそのまま押し倒されるようにソファに横になって、帝人はわくわくと見詰めてくる臨也を見上げる。
この人、この状況わかってるんだろうか・・・?
普段の臨也ならば、自分が帝人を押し倒しているというこの状況に、何も感じないはずがないだろうに。まあ、恥ずかしくて死ぬとか叫びながらベランダから飛ぼうとされても困るけど。
ごほうびごほうびーと、もういい加減眠気に負けそうになりながら、必死に目をこすってねだる臨也に、帝人はため息をついて、ついでにちょっと、いたずら心がくすぐられた。にっこり、と微笑んでその顔に手を伸ばす。
「いいですよ、ご褒美」
帝人の言葉に、ほんと?と臨也は喜んで、
「じゃあ、添い寝・・・」
とおねだりを口にする、その言葉をさえぎって。
帝人は臨也の首に両腕を回して、えいやっと顔を近づけた。当然のように唇と唇がぶつかって、臨也の言葉をさえぎる。
「んむ・・・?」
作品名:本当に面倒なひとですね。 作家名:夏野