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新羅が友達の披露宴で臨也に出会う話

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「君、どうしてここにいるの?」
 受付を済ませ、指定された自分の席に足を向ける。しかしすぐ、新羅は呆気に取られて立ち止まった。隣の席の男に何事かベラベラと語りかけていた男が、声につられて振り向く。
「あ、新羅」
 同じ円卓、新羅の隣の椅子に、ダークスーツに身を包んだ臨也が座っていた。
「ひどいなあ。俺がいちゃいけない?」
「いけないってことはないさ。ただ、新郎の心労を思うと泣けてくるね」
「やだなぁ新羅、そのギャグ寒いよ」
 いつもの、少し眉間に皺が寄ったまま笑う臨也に苦笑を返し、新羅は臨也の隣の席についた。
 今日は、新羅の高校時代の同級生の結婚披露宴だ。変人ではあった新羅だが、ある意味で懐深いお人よしである上、傍にいた臨也や静雄の凶悪さが対比となって実態よりも善人に見えていたためか、友人はそれなりに多かった。不精のせいで今では年賀状をやり取りする相手すら二、三人になってしまったが、本日の主役の彼は、その数少ない一人だ。
 そして、新羅の同級生ということは、当然臨也の同級生でもあるのだが、しかし。
「君、彼と関わりなんて、これっっっぽっちも無かったよねぇ。ていうか、君のこと友達扱いしている奴なんて誰もいなかったじゃない。どうして呼ばれてるのさ」
「んー? 俺の人徳じゃない?」
 ハハハ、と楽しそうに笑う臨也の反対隣には、見覚えのある顔が、気味悪げに臨也を横目で窺っている。名前は思い出せないが、おそらくは新郎と同じ部活だった男ではないだろうか。その隣も、そのまた隣も。このテーブルは、どうやら高校時代の友人で固められているらしい。
 本来ならば同じ場所で青春を過ごした者同士、昔話に花が咲いてもおかしくないはずだが、そこにたった一人の異分子──臨也がいるせいで、円卓は不気味にシンと静まり返っていた。あの三年間に来神高校に在籍した者で、臨也の悪名を知らない者などいるわけがない。着席した全員が固唾を呑んで動向を窺う中で、臨也と新羅だけはいつもどおりだった。
「もー、君のことだから、絶対に何か企んでるんだろ。やめてよね? 私の友達を陥れるのは。もう君が怪我したって診てあげないよ」
 新羅がうんざりと椅子の背にもたれながら言うと、臨也は声を出さずに喉だけで笑った。まったく了解してないね、と新羅はため息をつき、うんざりと臨也を眺めた。
 普段は同じような服装ばかりしているこの男が、スーツを着ているというだけでどこか面白い。
 かっちりした格好をしていると、臨也の線の細さに改めて呆れる。もちろん闇医者として臨也の体を目にしたことなど腐るほどあるが、こうして日常の中で少し距離を取って彼の華奢なラインを見ると、本当に呆ればかりが先に立った。
 こんなごくごく普通の体で、静雄と七年近くもやりあってるんだからなぁ。
 それだけこの男の精神の歪みが根深いということだろう、と一人で勝手に納得しているうち、会場の照明が一段階暗くなった。周囲のざわめきが自然と収まる。
 司会者の流れるような進行に従い、招待客が一斉に会場後部の扉に目を向ける。おそらくは新婦の好みだろう、近頃結婚式の定番ソングになった女性シンガーのBGMに合わせて、両開きの扉がゆっくりと開いた。この一瞬は、同じテーブルの者たちも、臨也の存在を忘れたようだった。素直に扉に釘付けになる。
 新郎新婦の入場。
 ああ、いいなあ、白いウェディングドレス! セルティが着てくれたらそれはもう沈魚落雁、俺は白いタキシードでセルティの細い腕をそっと引いてそして二人は以下略。
 拍手に迎えられた二人が高砂に向かう間、自分も楽しそうに拍手しながら、臨也が新羅にそっと耳打ちした。
「いいねえ、幸せそうだ。幸せな人間って、俺、すごく好きだな」
「……臨也さあ、ほんと、何しに来たの? どうせ勝手に結婚を嗅ぎつけて、自分を呼ぶように脅すなり何なりしたんだろ?」
 自分の妄想を中断させられた新羅が、多少冷たく答えると、臨也はオーバーに肩を竦めた。
「新羅はもう少し俺に対して良いイメージを持つべきだよね。……まあ、手段は否定しないけど。本当に、何か目的があったわけじゃないのにさ」
「じゃあどうして無理やり呼ばせたんだい」
「んー、どうしてだろ? 彼が結婚するって情報が入ってきたとき、そういえば俺、他人の披露宴に呼ばれたこと無いなって気付いたんだよね。知らないものは一度ぐらい体験してみたいじゃないか」
「ああ、なるほど……君、呼んでくれる友達なんていないもんね……」
 とはいえ、そう言う新羅も、こういった式典への出席はそれほど多くない。何せ二人とも、まだ二十三歳だ。昔の同窓が結婚ラッシュを迎えるのはこれからだろうし、闇医者をしている新羅には仕事関係の義理も無い。
 新郎新婦を迎えた高砂では、司会者が開宴の挨拶を述べている。新婦の笑顔が輝くようだ。
「いやあ、実にいい。幸福の絶頂って感じだね」
 ニコニコしながら重ねて言う臨也に、反対隣の男がビクッと震える。「あの」折原臨也の発言だ、深読みして怯えるのも当然だろう。
 しかし新羅にはわかった。臨也の言葉の響きに、珍しく裏が無いと。思わず臨也を向き、ニヤニヤと笑ってしまう。
「なんだい臨也、もしかして君、こういうの見ると自分も結婚願望わいてくるタイプ? 二次会で可愛い子狙っちゃう?」
「二次会もいいけど、さすがにそこまでお邪魔したら彼が可哀想だしねえ。結婚だか人生の墓場だかも、自分でするのは興味が無いし、君と首なしに任せるよ」
「……っえっそれって俺とセルティがお似合いカップルってことかい! 結婚も間近に見えるかい参ったなあ!」
 さらりと気の無い風に言われた発言に、大いに興奮した新羅を、臨也がまたかという顔で見やる。それから視線を外し、壇上で司会者から紹介されている新郎に目を向けた。
「……俺さあ、普段の付き合いが付き合いだから、こういう平凡な幸福に浸る人間って、あんまり見れないんだよねぇ。すごく新鮮で、愛しいよ」
「……」
 臨也の横顔に、新羅は自然と出しかけたからかいの言葉を飲み込んだ。嘲笑でもなく、眉間に皺を寄せた食えない笑みでもなく、ほんのわずかに頬を緩めてニュートラルに二人を見つめる臨也の表情を、新羅は何故か、言葉を知らない子どものようだと思った。相手は言葉を武器とする情報屋だというのに。
「……臨也さあ、就職すれば?」
「……は?」
 気が付けば、口が勝手に動いていた。臨也が呆気に取られたように口をポカンと開けてこちらを振り向く。臨也の反対隣に座る男にも聞こえたのか、彼もギョッとした様子で新羅を見つめ、慌てて聞いていない振りをした。
 新羅も彼の意を汲み、気付かなかった振りをしながら続ける。
「君ならどこかの会社に潜り込むなんて朝飯前だろう。まだ若いんだし。そこで三年ぐらい社会に揉まれてみたら? ああ、そうでなければ大学に行くのもいいんじゃない。君、頭良かったんだし、高卒じゃもったいないよ。大学でサークルなんか入っちゃって、趣味の人間観察でもすればいい」
 臨也にとって、あまりにも突拍子の無い提案だったらしい。目を何回か瞬いてから、おかしそうに笑い出した。