恋と名付けていいですか
考えている合間にも何度も繰り返されるそれに、流石に鼻呼吸だけでは息苦しくなってくる。
「~っ!んー!」
あまり力の入っていない手で佐藤くんの胸をドンドンと叩いてみるが、元から彼の方が力が強いためか大して効き目がないようだ。
それどころか、抵抗らしい抵抗すらできない俺をいいことに、舌まで差し込んでくる始末。
流石にそこまでされると頭の中で警笛が鳴り響く。
「ぷはっ、さと、く!?」
ようやく解放された唇から抗議の声を上げようとした瞬間、今度は首筋に降ってきた温もりに息を詰まらせる。
「さ、とう君!いい加減にしないと、怒るよ!」
酔っ払いに言ったところで、果たしてその言葉が通じるかどうかわからないけれど言わずにはいられない。
だけどその言葉虚しく、佐藤君の唇は首元からどんどん下へと移動していく。
彼の普段は美味しい料理を生み出す手は、今俺の服の中へと滑りこみ、真っ平らな胸をいやらしく撫で回していた。
焦りを見せる俺にはお構いなしに、徐々にエスカレートしていく行為。
「ぁ、だめだって、っ…!」
敏感になり始めている身体が熱を持ち、自然と呼吸も荒くなる。
このままでは、いいように流されてそして_
行き着く先を想像して、一気に身体の芯がひんやりと冷めていく。
「ダメだよ!!こう、いうのはっ好きな人とするもんでしょ!?」
自分にしてはえらく焦った大声で呼び掛ける。
すると、その願いが通じたのか、彼の動きがぴたりと止んだ。
切願していたことだけれど、己の言葉でまさか行為がストップするとは思いもよらなかったので、多少驚きに目を丸くしてしまう。
「お、落ち着いた…?」
どうしていいかわからず、多少口元を引き攣らせながら笑いかける。
すると、無表情だった彼の口が、ゆっくりと、小さく開いた。
「…きだ」
「え?何?」
今度こそ聞き逃すまいと全神経を集中させ、彼の言葉を待つ。
すると、もう一度軽く口を開いた彼から、今度ははっきりと言葉が放たれる。
「好きだ」
「………は?」
佐藤君の言葉に対して漸く出た言葉が、とんだ間抜け声。
当たり前だ、突然“好きだ”なんて言われて、はいそうですかと頷けるわけがない。
酔っ払いの言葉だと割り切って、軽くあしらうべきなのだろうか。
だけど、彼を纏う空気は真剣そのもので、いつもは饒舌に語る口からはうまく言葉が出てこない。
「あの、佐藤君…それ、どういう、!?」
続けようとした言葉は、圧し掛かるように降ってきた佐藤君によって遮られる。
突然の重みと彼の行動に驚き、口をぱくぱくさせていると、彼の健やかな寝息が耳元から聞こえてきた。
「あ、えっと…寝ちゃったんだ、よね」
あははと乾いた笑みを浮かべたあとに、はぁっと一つ溜息を吐く。
一体何だったのだろうか。
俺を轟さんと間違えて起こした行動だったのだろうか、それとも_
『好きだ』
頭の奥底で何度も繰り返されるシーン。
鼓膜を震わせた彼の程良い低音。
真っ直ぐ俺を見つめていた瞳には、顔を赤くさせた己が映し出されていた。
「本気、だったら、俺はどうしたらいいのかな。ねぇ佐藤君」
起きないとはわかっていても、呼ばずにはいられなかった。
だって、この胸の高鳴りは何?
どきどきって、どうして心臓が煩いのかな?
どうして、佐藤君の真剣な顔が頭から離れないのかな?
どうして、キスされて嬉しいなんて思ったのかな?
「佐藤くーん、俺、佐藤君のこと、」
最後の二文字は煩い鼓動に掻き消され、その言葉の代わりに覆い被さる彼の身体に腕を回した。
作品名:恋と名付けていいですか 作家名:arit