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恋文

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 とりあえず気になった所に言及しながら、新羅は中学時代のことを思い出していた。臨也は真夏でも長袖を着ていたが、今思えばあれは傷を隠していたのだ。高校に入学した頃、母親も働き出したと言っていたが、思い返せばその頃からそういうことをしなくなっていた。
 ふと思い立って、臨也の手を取る。半袖のまま晒された臨也の腕は傷だらけだった。見覚えのある古い引っ掻き傷や、比較的新しい青痣。腕の角度を変えさせて探すと、やはり真新しい擦り傷が出来ていた。静雄と喧嘩をすると、服から出ている部分には必ずどこか擦り傷を作る。
 新羅は脱脂綿に消毒液を含ませ、黙って傷に押し当てた。臨也ももう何も言わなかった。臨也の手は思ったよりも熱かったので、熱でも出しているのかもしれない。
 ドクターバッグから、薬を二種類取り出し、袋に分けた。それぞれ表書きをして、臨也に押し付ける。
「鎮痛剤と胃薬ね。毎食後」
 慣れない感情というのは、長く続かないらしい。新羅は腹を立てていたことも忘れ、ただ呆れるばかりだった。広げた荷物をドクターバッグに詰め込み、ベッドを降りる。
「じゃ、もう帰るから」
 いつもならここで、何かあったら連絡して、と続けるのだが、とてもそう言う気にはならなかった。今日はもうサボって、帰って寝よう。新羅はそう思いながら部屋を辞そうとしたが、一歩進んだだけで足を止める。引っ張られる感覚に振り返ると、臨也が服の裾を掴んでいた。
「ちょっと」
 新羅が困惑すると、臨也が裾を掴んだまま机まで移動して、引き出しの奥から取り出した皮財布を押し付けて来た。さらに、器用にウォレットチェーンを外し、二本繋がっていた鍵のうち一つを、新羅に差し出す。
「アイス食べたい」
 新羅は受け取った財布と鍵を投げつけるか真剣に思案したが、次の一言で取り止めた。
「新羅も好きなの買っていいよ。ついでにお昼も何か買ってきて食べなよ」
 そう言いながら、さらに別の引き出しを開ける。白い封筒を取り出して、それも新羅に押し付けた。
「ついでにこれ、出してきて。コンビニの前にポストあるから」
 臨也は言うだけ言ってベッドに逆戻りし、よれた掛け布団の上に仰向けに倒れこんだ。
「俺、ダッツのストロベリーね。自転車乗っていっていいよ。靴箱の上にある青いキーホルダーの奴。」
 部屋を出る間際、新羅の背中に声が投げかけられた。

 新羅は言われた通り、靴箱の上に置かれていた自転車の鍵を拝借して玄関を出た。そして、渡された封筒をまじまじと見つめる。宛名は女の名前だったが、差出人は無記名だった。新羅は、その封筒を二つ折りにして、ポケットにしまった。新羅は、臨也とそこそこ長い付き合いだったので、これを託したのではなく、反応を見ようとしているのだと気付いていた。
 新羅は、臨也に信頼されているとは考えていなかった。同じように、新羅も臨也を信頼してはいない。だからこうして試すようなことをされても傷つかないし、臨也の思索に付き合うことも厭わなかった。
 続けて、皮財布を見分する。財布を引き出しから取り出したのが妙に不自然だった。財布は高級そうな皮製品で、高校生の持ち物には見えない。新羅は臨也の財布を見た事があったが、黒だったことを思い出す。新しく買ったにしては年季が入っている。中を見るとそこそこの紙幣と、カード類が入っていた。カード類からすると十八歳以下の臨也の物ではない。一枚引っ張り出してみると、臨也と同じ名字の、知らない名前が記されていた。臨也の偽名かとも考えたが、それならば名字も変えるだろう。名前から推測すると、臨也の父親のものだろうか。それ以外に不審な点は無かった。最後に鍵を観察してみたが、何の変哲もない鍵だった。地味なキーホルダーが付いている。玄関の扉に差し込むと、きちんと鍵が閉まった。

 新羅が買い物を済ませて臨也の部屋に戻ると、臨也はベッドの上で左半身を上に向け、氷嚢を乗せて目を閉じていた。てっきりドクターバッグの中でも漁っているかと思ったのだが、そんな元気もなかったようだ。額にアイスのパッケージを押し当てると、ゆっくりと瞼を開く。
「おかえり」
 新羅の差し出すスプーンを受け取りながら、臨也は緩慢に起き上がった。先程はジーンズを履いていたが、今はジャージに着替えている。ジャージには、ペンキ一つ付いていなかった。
「手紙出して来てくれた?」
「うん」
 だるそうにしていた臨也の視線が、一瞬鋭く新羅を刺した。しかし、それだけだ。
「なんか熱いんだけど」
 危なっかしい所作でベッドから床へ移動し、臨也が唸った。見えている右側の顔が、朝よりも赤い。
「熱出てきたんじゃない? 適当に食べられるもの買ってきたから、食べて薬飲みなよ」
 新羅はコンビニの袋を臨也の前に押し出した。満杯になっている一番大きいサイズの袋に、臨也は瞬きだけで驚きを表現した。
「駄目だった? 気になるやつ全部買っちゃった」
「いいけど。ちゃんと持って帰ってね」
 臨也はアイスを開封しながら嘆息する。呆れ半分、熱のだるさが半分といったところだろう。新羅は、自分用に買って来たソーダアイスを開けた。
 コンビニ袋の内訳は、アイスが二つと、昼用に買った軽食と飲み物、あとの殆どは菓子類だった。無造作なようでいて、しっかり賞味期限を見越して購入されている。
「おいしいけど食べたら痛い」
 臨也が無表情に呟く。完全に表情を動かすことをやめたようで、目もきちんと開いていない。そんな臨也の様子を見とめて、新羅は意を決して指を三本立てて見せた。
「三日」
 臨也がスプーンを咥えたまま続きを促す。
「三日だけ、様子を見よう。それでもし経過が悪かったら、病院に行こう」
 臨也は力なく首を横に振った。そこまでは想定していたので新羅は慌てない。
「どうしても嫌なんだね。分かった。……あんまり気が進まないけど、僕にはいくつか手がある。親にバレなくて、金銭的にも大丈夫な方法が。とにかく三日。駄目だったら全面的に僕の言うことを聞くこと、いい?」
 臨也はほとんど唇を動かさずに疑問を口にした。
「その方法って?」
「今は教えない。気が進まないから」
 臨也は表情を変えないが、迷っているようだと雰囲気で察する。新羅は迷わず駄目押しした。
「言うことが聞けないんだったら、僕は今後一切、君の怪我は診ないよ」
 この一言で、臨也はあっさり陥落した。
作品名:恋文 作家名:窓子