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残りの呪い

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「『お前もきれいだな』」

つぶやいて、アメリカははっと我に還り左右をきょろきょろと確認した。幸い、近くには誰もいなかった。

「イギリスの口癖を真似するなんて、どうかしてるな」

早朝のバラ園。ここに、そこに、向こうに、と数えられる程度しか開花していないが、既にカメラを携えて見学に来ている人は何人かいた。

昔の誰かが、イギリスの為に人に作らせたという広大なバラ園。白いオブジェと緑のツタ、赤レンガが並べられた迷路のようにうねる通路に、咲けば際立つ真紅の花。一般に開放しているおかげで園内のどの一角もが漏れることなく人の目に触れているが、プレゼントをしてもらった当の本人が毎年訪れるのは園の隅にある小さな東屋だけだ。


東屋の隣で無造作に背伸びをする何本かの茎。
イギリスがそれらを称えるために唱える言葉。
彼だけのものであった約束。
彼だけのものであるべきだった酷く優しい記憶。


アメリカが自分の行動を立ち返ったりそれについて反省の気持ちを持つことなどほとんどないが、勝手にイギリスの後をつけて彼の秘密の場所を知ってしまった数年前の出来事を思い出すと、今でも胸にもやもやしたものが込み上げる。ひょっとするとそれらは興味本位に侵していいようなものではなかったのかもしれない、と後悔がはっきりとした言葉になる。

どうしてこんなにも気持ちが悪いのだろう?

嫉妬?

アメリカがイギリスと出会う前に死んでしまったヒトが何百年の時を経て尚、イギリスの中に大きな存在を残し続けていることに対しての。イギリスの心を広く占有することが出来るのは彼の大事な大事な弟だけだと、勝手に思い込んでいたところへの霹靂だったから。

否、ただの困惑?

いつだってイギリスはアメリカの手が届くくらいの距離にいた。呆れるほど子供じみた反応をしてみせたり、学習能力のない行動を示したりして、立場が逆転した思考を度々アメリカにさせるような人だった。
ところが、懐古にふけるイギリスはアメリカが全く知らない類の表情を見せた。幼い頃のアメリカに向けたような慈愛に満ちたものでも、二人の主従関係が終わった瞬間の酷く悲痛な表情でもなかった。
アメリカの知らないイギリスが、まだ、いた。


まるでいじけた子供のようだ、とアメリカは恥ずかしげもなく今の自分を例えてみた。
母親を兄弟に取られてすねて、妙にささくれ立った気持ちに折り合いをつけることができないでいる幼子のようだ、と。


作品名:残りの呪い 作家名:したたらず