残りの呪い
『今年も綺麗な子が産まれたぞ、エリザベス』
初めてその光景を目の当たりにしてしまった時、アメリカは心の底からのツッコミを入れた。「かかりつけの病院は救急対応オーケーかい?」
だって、花に向かって言うセリフじゃない。
するとイギリスはアメリカに追けられていたことに明らかに驚いて、反射的にお粗末なごまかしの言い分を連ねた。独り言なんて言っていないとかなんとか。
それから少ししてイギリスは、強制的に病院送りにされる前にきちんと説明をしようと思い直したらしい。
『昔、俺が女王陛下と一緒に植えた株だ。四百年近く、系代させて大事に育ててきた』
随分遠い昔から。ほとんど俺たちの歴史じゃないか。
『何かの式典の記念樹?』
『いや。陛下と二人で植えたものだ。あの方が、どうしても欲しいからと』
『ワォ。もしかしてロマンチックな話かい?』
『お前がロマンチックって言うと、何か違和感あるな・・・』
『で、君は彼女とどういう関係だったんだい?恋人?』
『俺は彼女が好きだった。それは、国民が陛下を愛していたからな。彼女も、俺を好いてくれていた。きっと国への忠誠心が余りあった結果だったんだろうな。理由が何にせよ、俺たちはどうしようもなく惹かれあっていた』
あぁ、嫌な顔をする。
『だけどな、恋人にはならなかった。未婚を貫いたせいで後継問題で国中から叩かれていた女王が、万が一にも国の子供を産みましたなんてことになったら笑い話にもならないからな。俺は一方的に、陛下との間には常に一線を引くようにしていた』
常に、と強調の意味は何なのだろう。
『なんか、イギリスがそういう話をすると気持ち悪いんだぞ』
『お前が振ったんだろ!聞きたくないならさっさと家に帰れ』
『別に聞きたくないなんて言ってないじゃないか。それで?さっきの怖いセリフとはどうつながってくるんだい?』
『怖いセリフ?』
『花に向かって「俺の子供を産んでくれ」って言ってたじゃないか』
『な・・・んなこと言ってねぇ!記憶捏造すんな、バカ』
『あれぇ?そうだっけ?でも子供がどうのこうのって』
『あぁ、それは陛下が―』
その女王様はイギリスと結ばれることはないということを重々承知していたらしい。それでも二人の間に命を残したいと願った。悲嘆に暮れ明かす女王様に、イギリスが出した代替案がバラの植樹だったそうだ。女王様もイギリスも愛してたものだから、二人で育てて花を咲かせればその花は自分たちの子供と言えるのではないかと。女王様はそれを随分な時間をかけて許容して、実際に木を植えた後は本物の子供に対するかのように盲目的に愛情を注いだという。彼女は晩年、亡くなる直前まで「娘たち」の心配をし、遂にはイギリスに堅く約束をさせたそうだ。自分が死んだ後も、毎年娘たちの様子を教えてください、と。顔色が悪いときも元気なときも、どんなことでも必ず伝えてください。どうか、私が生きた証を見捨てないで。
『イギリス、まさか永遠にこの花の世話をし続ける気かい?』
『当たり前だろ。偉大な英国女王の言葉を反故にするほど俺は愚かじゃない。それに、自分の子供を見捨てるような非道な魂をもったつもりはないからな』
『花が、大事?』
俺にはわからないなと言えば、イギリスは「分からなくていいさ」、と笑って見せた。
全く、不愉快だ。
『俺もそのヒトに会ってみたかったな』
『お前と出会うほんの数年前に亡くなってしまったからな。きっと陛下は、草原の天使を見せたらさぞお喜びになっただろうな』
記憶の彼方の景色に、イギリスはなんとも幸せそうな笑みを浮かべた。
『気持ち悪いから一人でニヤつくのやめてくれよ!』
いつもの調子で噛み付けばイギリスは軽く笑い流し、それから急に真顔になって一つの花を見つめた。
『アメリカ、綺麗な花だと思わないか』
『思うよ。・・・え、褒めちぎったらいいのかい?』
ちょっと聞きたかっただけだ、とイギリスは言った。
『良かったな。お前は本当に綺麗なんだよ』
待てど、娘からの返事はない。
花に話しかけて喜ぶ本物のじいさんみたいで悲しくなる、などと軽口を叩こうとしたところへイギリスはぽつり、と言葉をほうった。
『アメリカ、お前はヒトに恋するなよ』
この呪いは自分だけのものだから。
そう言われたような気がして、アメリカはますます不愉快になった。