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崩壊日和

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認めたくない。否定しなくてはいけない。苦々しく吐き出した言葉に、帝人が仕方が無いなあとでも言うように小さく息を吐く。
ああ、ああ、そうじゃない。許容と妥協をもとめているんじゃない、同情や諦めでもない。臨也が帝人に求めているものは、そういうものじゃないのだ。
臨也は、ただ、帝人に、ただ。


「困った人ですね」


真っ白い手のひらが伸ばされる。
指先の細さが心臓に突き刺さるように臨也の網膜を刺激する。
海風が帝人の黒髪を無造作に撫でて過ぎてゆく。その子に触れるな、触るな、臨也は体内で暴れる悲鳴を声に出さぬよう噛み潰す。本当はいつだってそうだった。帝人に触れるすべての要素に、殺意を抱いている。その白い肌に張り付く砂粒にだって、焼けつくほどの嫉妬を覚える。
池袋という箱庭の中で飼い殺せると判断したのが間違いだった。
臨也の心を蝕み、喰らい尽くして、まだ足りないとねだるこの子供を、満足させるまで非日常と云う餌を与え続けられると過信したのが間違いだった。
最早臨也には、その非日常という要素さえ二人の間に陣取ることを許容できない。徹底的に壊して一番きれいに狂わせてその姿を一番近くで見ていたいのに。そのためには自分が一緒に壊れて自分も一緒に狂ってしまうことだってためらわないほど想っているのに。
白い指先が、臨也の頬に触れる。
ぬくもりに体が硬直して、強固に結んだ感情の糸が、いとも簡単に緩められる。これだからこの子には、どんな嘘もどんな壁もどれほど強固に固めた意志も、何もかもが役に立たない。
こんなものが、こんな混濁して崩れそうなものが恋慕か。馬鹿な。
臨也は何度でも何度でも自分に繰り返す。切り離せ引き返せ捨てろその感情を、心ごと切り取って海にでも投げ捨てろ。そうでなければ手遅れになると。それはもう、彼に出会った時からずっと、ずっとだ。もういい加減諦めがにじむほどに。
頬を撫でて涙を拭ったその指先の白さに戦慄する。
はためいたTシャツが、肌色をひらりと見せびらかすその刹那に、血が沸騰しようとする。
ありえない。理解出来ない。理解してはいけない。ダラーズの創始者であり、興味深い行動を取る彼を観察することが楽しいだけで、別にその彼を押し倒したいとか、舐めたいとか、それ以上とか、そんなことは絶対に考えていないのだ。だって彼はただの少年で少し人が良すぎるところのある男の子で、こんな俺のことを愚鈍にも信じきっていたただの田舎者で、だから。
だから、臨也が帝人に求めていたのは、愛情なんかではなくて。
ただ。
・・・ただ。
「あ、晴れますよ」
いとも簡単に臨也の涙を拭い去った帝人が、ふと顔を上げて天を指差す。雲間から光が厳かに降ってくる光景は、にじんで霞んで。
「・・・帝人君」
声が、震えて震えて鼓膜を揺らす。
失せろ、消えちまえ。今彼の視線を奪う光にさえ殺意を抱いて、臨也はもうとっくに切れている紐でもう一度感情を縛りつけようと躍起になる。出来はしないのに、分かっているのに、あがくことをやめたら自分はどうなってしまうのかわからない。
潮風は、ばたばたと帝人の服を鳴らす。触れるな、その子の視界に映るな、その子の視線を奪うな。世界ごと消し去ってしまわなければ、帝人は完全に自分の方を向かないような気がして胸が痛む。
この子を取り囲むすべての要素に、臨也は、殺意を覚える。


「・・・呼んでよ」


空を見つめ続けるその瞳に、どうすれば自分だけが存在できるだろう。弾むようなその声は、どうすればすべて奪えるのだろう。消え入りそうな懇願に、目を見開いた帝人が臨也を振り返る。
一人で死んでしまうんじゃないかと思った少年は、多分最初から死ぬつもりなど全く無くて。ただ、彼が自分の隣で死んだら遠慮無く心中できると、そんな馬鹿なことを願った愚か者が臨也だった。
臨也が帝人に求めているものはとても簡単なもので。
ただ目を閉じたその世界に、彼が自分を呼ぶ声がほしいと、助けてと俺に乞うてほしいと、そうすれば助けだす大義名分になるのだと、そんな事ばかりを。


「俺を、呼んでよ・・・!」


苦しいなら辛いなら、悲しいのなら。
こんなところに一人で来ようとしないで、孤立することで自分を保たないで。ただ一言、助けてと言って欲しかったのだ、ただ一言、お願いと言って欲しかった。そうすればきっと、臨也は諦めただろう。
認めたくないと自分に言い訳をし続けたその感情を、甘んじて受け入れてなりふり構わず帝人を愛しんだだろう。助けただろう。慈しんだだろう。
ただ、帝人の透明な瞳はすべてを受け入れるようにただ深く、そしてだからこそ何もかもを拒絶するように澄み渡ってそこにあり、そして彼は、ただ困ったように笑う。
ねえ、助けてよ。
悲鳴を上げているのは臨也の方だ。抱きしめたくてキスしたくて愛して欲しくて壊れそうだ。こんなに臨也を苦しめる彼を、好きだなんて、恋慕だなんて、笑わせる。こんなに痛む心を指さして、愛情だなんて、馬鹿みたい。
馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい。どんなに頑張ったって少年を取囲むすべての要素に介在なんてできやしないのに!
帝人が息を吸って、長く吐き出し、その表情に鮮やかな微笑を添える。
微笑む、ということは。
どっちだ。



「臨也さん、」



拒絶なのか、受諾なのか。
ああどっちにしろ、死にそうだと臨也は目を閉じた。
鼓膜を揺らす、波音、潮風、心音。
崩壊の時は、すぐそこ。
作品名:崩壊日和 作家名:夏野