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綾凪ちひろ
綾凪ちひろ
novelistID. 11573
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イングランドの憂鬱

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心臓が嫌な音を立てる。もう眩暈すらしてきそうだった。
ドアノブを持つ手が、情けないことに震えていた。こんな姿を、あのふざけた髭野郎や未だに俺を恨んでいるらしいかつて太陽が沈まなかったらしいあいつが見たら、きっと指を差して笑っていることだろう。それでも、そんな腹が立つ想像をしてもイギリスの震えは止まらなかった。
重厚なドアの向こうにいるのは、人間で言うと、血縁関係があることに値するイギリスの実の兄だった。
だが、イギリスは兄から愛されているなど、一度たりとも感じたことはなかった。幼いころは追い掛け回され、矢を放たれて本気で生命を狙われたし、成長してからだって、届くのは呪いの言葉が刻まれた手紙だった。最近に至っては、兄弟だというのにほとんど顔を合わせてすらいない。
足元がぐらぐら揺れているような気すらした。
時々、本当に稀に、兄はイギリスを気紛れに呼び出すことがあった。ただ暇なだけなのだろうとイギリスは思っていた。だがそうわかってはいても、幼いころの恐怖心というのはなかなか消えないもので、兄にそう言われれば、イギリスには従うことしかできなかった。
それが今だった。このドアを開けば、ずっとイギリスを苛め続けてきた、あの兄がいるのだ。燃えるような赤い髪を揺らして、凶暴な炎をその瞳に燻らせた、あの兄が。
イギリスの瞳からはほとんどもう涙がこぼれかけていた。
だが、それでも意を決して、イギリスはドアノブを回しかけた。
「――イングランド! そこにいるんだろ、早く入ってこい!」
扉の向こうから聞こえた声に、びく、とイギリスの手が震えた。きっと、ここで逡巡していたことも全てばれてしまっているのだ。
震えそうになる声で、はい、と呟いて、イギリスは重厚なドアを開けた。
ドアを開けただけで漂ってくるのは相変わらずきつい薔薇のにおいだった。恐る恐る、イギリスはその部屋に足を踏み入れた。
ふと顔を上げると、部屋の向こうのほうにある大きな仕事机に行儀悪く足を乗せて長い煙管を吹かすスコットランドがいた。
燃える赤い髪に、イギリスを貫く凶暴な視線。相変わらずだった、まあ、数百年単位で変わらなかったものが、数ヶ月そこそこで変わるはずもない。
イギリスは震える手をぎゅっと握り締め、うまく動かない唇をなんとか動かした。
「あ、あの」
「なにもたもたしてんだ、さっさとドア閉めろ」
苛立たしげな口調でスコットランドは言った。
スコットランドの機嫌を損ねたくないイギリスは、焦ってドアを閉め、鍵をかけた。鍵をかけなければ兄に怒られるからだった。それからどうしすればいいのかわからなくて、身体を縮めながらドアの付近で立ちすくんでいた。
「あ? なに怯えてんだよ、俺、お前のオニイチャンだぜ?」
くっくっと笑いながら、スコットランドは顎をしゃくった。こちらに来いということだ。イギリスは恐怖心からそれに従った。
とてとてとイギリスが自分のほうに来るのを見て、スコットランドはおもむろに机に乗せていた長い足を勢いよく下ろした。勢いがよすぎたせいか、その足は一瞬、近くまで来ていたイギリスの顔を掠めた。蹴られる、と思ってぎゅっと目を瞑ったイギリスを、スコットランドはまた馬鹿にしたように笑った。
何もないと知ったイギリスは瞼をあげると、兄の咥えている長い煙管をちらりと見て、それからすぐに視線を反らした。かつて、スコットランドの機嫌が最高潮に悪かったとき、首元に煙管の雁首を押し付けられたことがあった。国であるイギリスの火傷の跡は、消えないものではなかったけれども、それよりもそのときの恐怖のほうがイギリスの胸の奥にずっと染み付いていた。イギリスが視線を反らした意味を知っているスコットランドは、また楽しそうに口角を上げて煙管を口から離して机の上に置いた。
「怖いのか?」
「い、いえ……」
イギリスはふるふると首を振った。どこに視線を合わせたらいいかわからないイギリスが俯いていると、スコットランドはおもむろにその細い腰を引き寄せた。
「ひゃっ」
「は、相変わらずほっせぇなぁ、ちゃんと食ってんのか?」
バランスを崩したイギリスは、回転椅子に座っていたスコットランドの身体に収まることになった。二人分の体重を受けた椅子がぎしりと軋んだ。
はっとして顔を上げたイギリスの目の前にスコットランドの凶暴な表情があった。イギリスは思わず、ひ、と喉を引きつらせた。
「に、にいさん……っ」
イギリスが声を発した瞬間、スコットランドは机に手を伸ばし、机の上の煙管をかんと叩いた。静かな部屋にはやけにその音が響いて、イギリスは細い肩を震わせた。
怯えたイギリスは、伺うようにスコットランドの顔をのぞき見た。それを見たスコットランドは、満足したようににっこりと笑った。
「そういえば、お前、最近、ブリタニアエンジェルになったらしいな?」
「っ……そう、ですけど……」
イギリスは、スコットランドの刺すような視線から逃げるように頷いた。スコットランドはそれの仕草が不満だったのか、ぐい、とイギリスの顎を掬い上げた。
「ここでしろよ、それ。俺はずいぶん前から見てねーしな」
イギリスの顔が真っ赤になった。今まで何度かは見せたとはいえ、実兄にあの姿を見せるのは少々恥ずかしいものがあった。ふるふる首を振ると、一気にスコットランドのまとうオーラの温度が下がった。笑顔のままだけれど、まったく目が笑っていなかった。
イギリスの背筋がぞくっと粟立った。
「あぁ? 俺には見せらんねぇってのか?」
「お、俺のそんなの見たって、楽しくな……っや!」
渋るイギリスに苛立ったスコットランドは、机の上に置いていた煙管を手に取り、吸い口を強くイギリスの首元に押し付けた。ぐりぐりとねじ込むように押し当てられ、その痛みにイギリスは小さく声を漏らした。そこは、以前スコットランドに煙管で火傷を負わされたところだった。
恐怖に震えるイギリスを見下ろして、スコットランドは碧眼を眇めた。
「誰がてめぇの意見を聞くっつった。さっさとしろ、それともまたお仕置きされてぇか?」
そう言って、スコットランドは煙管を引っくり返し、刻み煙草が入って熱くなった煙管の雁首をイギリスに見せ付けた。以前それを素肌に押し付けられた記憶が蘇って、イギリスは青い顔でぷるぷる首を振った。
煙管を押し付けられたとき、身体に刻み付けられる痛みももちろん痛いけれど、本当に嫌われているのだと思い知らされることのほうが辛かった。
イギリスは自分を射殺すようなスコットランドの碧眼から目をそらしながら、いつものように呪文を唱えた。
「……ほ、ほあたっ」
裏返ったその声に、スコットランドは弟を哀れむようにくつくつと笑った。
しゅんっと一瞬にして、イギリスの服装が露出度の高い白い装束に変わり、背中には小さな白い羽がはためき、くすんだ金色の頭の上に輝く金冠がぷっかりと浮かんだ。こんなに間近で誰かに変身を見られたのは初めてで、なんだかイギリスは恥ずかしくて泣きそうになった。
作品名:イングランドの憂鬱 作家名:綾凪ちひろ