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ヘタッスル!

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 そう仏沢のほうを向いた米代に、一斉にクラッカーが浴びせられた。パン、パン、と陽気な音が室内に響く。
 脈絡の無い展開にフリーズした米代の目の前で、仏沢が先ほどまでとはまったく違う「キャプテン」の顔で笑っていた。
「よし、ちゃんと飲み込んだな。これでおまえが、今日から俺に代わって、武蔵森サッカー部のキャプテンだ」
「……え? どういうことだい?」
 ポカンと口を開いた米代の脇で、先ほどまで咽ていた三カークランドが、「なるほど、そういうことかよ」と合点したように呟いて顔を上げる。まだチンプンカンプンの米代に、不機嫌そうな顔で説明した。
「夏で、俺ら三年は引退だろ。毎年この時期、新しいキャプテンを任命するときは、代々伝統行事してきただろうが」
「……あっ!」
 言われてようやく思い出した。
 夏の大会後、三年生が引退して役職が総入れ替えになるこの時期、新キャプテンにのみ、大げさに言ってしまえばある通過儀礼が施される。「本人の大嫌いなものを克服させる」儀式である。どういう経緯で、いつごろから始まった慣習なのかはわからないが、去年、仏沢が蒼白な顔でオオトカゲを抱っこする姿に大笑いしたのはよく覚えている。
「えっ……てことは、俺が、キャプテンに?」
 舌に残るニンジンのえぐみや中途半端な甘みが、急に気にならなくなる。目を瞬かせる米代に、仏沢がいつもの穏やかな笑みで「ああ」と頷いた。
「おまえ、無茶したり周りが見えてなかったりもしょっちゅうだけど、やっぱり頑張ってるし、一生懸命だからな。俺のいるときにはできなかった優勝、おまえがこいつらを引っ張って達成してくれよ」
 思わず、食堂に集まっている部員たちを見回す。誰も彼も、にこやかに米代の反応を見守っていた。先ほど、笑うのをこらえているように見えたのは、これだったのか。じんと胸に温かいものが、そして同時に、改めて夏の大会で優勝できなかった悔しさが蘇る。
「……もちろんだぞ。俺がキャプテンになったら、全国でも敵無しさ! 期待して見ててくれよ!」
 胸を張って受けると、ワッと食堂中が沸いた。よく見ると、テーブルの上には一・五リットルのペットボトルに入った炭酸飲料や、大袋のスナックがこんもりとうずたかく積まれている。これも先ほど買い出しに行ったときに調達してきたのだろうか。
 そのままそこかしこで乾杯の声が上がる中、まだ夢見心地で突っ立っている米代の肩に、日井がそっと手を掛けた。振り向くと、普段は何を考えているのかわからない黒い瞳が、優しく微笑む。
「よかったですね。……先ほど、仏沢さんに廊下の窓のところで種明かしをされたときは、あなたがちゃんとニンジンを食べてくれるか不安でしたが。無事に引き継ぎが終わって、本当にホッとしました」
「みんな、このこと知ってたのかい? 俺だけドッキリ仕掛けられたってこと?」
 薄々承知しながら尋ねると、日井は案の定「ええ」と頷いた。
「あなたが肝試しのことを言い出したときから、仏沢さんはいいチャンスだと思っていたそうですよ。一度解散した後、各部屋に伝令を回して、皆で今回の儀式と、その後の宴会の準備をしていたらしいです。あなたと同室の私には、伝わるのがだいぶ後になったようですが」
「ちょっと待て! 俺にも知らされてなかったってのはどういうことだコラァ!」
 横で怒声を上げたのは、未だにニンジンジュースで髪を湿らせている三カークランドだった。手に握りしめた手作りのお札が、ジュースに滲んでみるも無残な紙くずと化している。その三カークランドに詰め寄られる仏沢が、噴き出すギリギリのところで我慢しているのは、口元に当てられた手や、真っ赤になった頬や、微妙に半月型になった目で、米代にすらよくわかった。
「だって、一人ぐらいは何も知らない奴がいないと、米代が何かおかしいって気付いちまうかもしれないじゃねえか。おまえがいたからこの作戦成功したんだって、栄誉ある犠牲だよ、うんそうそんな感じ」
「んな適当な言い訳でごまかされるか、バカッ! 俺はいったい何のために、わざわざ習字道具引っ張りだして、ジュースまでぶっ掛けられて……!」
「ははっ、三カークランド先輩、君って最後までそういうキャラだね!」
 怒りにわなわな震える三カークランドに、ついにこちらの限界が来て、米代は盛大に噴き出してしまった。ゲラゲラ笑うと、三カークランドの顔がカッと耳まで真っ赤になる。
「なっ、なんだよ! てめえだって肝試しするってウキウキ騙されて……!」
「肝試しはまた今度すればいいのさ! キャプテン権限だぞ!」
 キャプテン、と口に出してみると、くすぐったいような嬉しさが全身に走る。今日から俺が、サッカー部を引っ張っていくんだ。俺がリーダーなんだ。
「さ、早くお菓子食べようよ! 無くなっちゃうぞ!」
 まだ頭からポコポコ湯気を立てている三カークランドの肩を抱いて、米代は手近なテーブルへと駆け出した。
作品名:ヘタッスル! 作家名:ゆうわ