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琥珀を囲う腕(かいな)

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 目が覚めたら、全く知らない部屋にいました。






「……は?」
 目を開けて視界に飛び込んできた見慣れない天井に、俺の口からは思わず間抜けな声が出た。














(な、なんでだ!?)
 一生懸命記憶を掘り起こせば、深夜の自分の執務室に繋がった。
 そうだ、俺は意識を失う直前まで、会議用の書類と格闘していたのだ。
 その書類は資料が多すぎて、どれだけ頑張ってもまとめきれずにいたおかげで、ここ何日かは殆ど貫徹状態だったけど、なんとか終わりが見えてきた。
 夜も更けてきて、さすがに今日はお休みになった方が、と言う獄寺くんの言葉に、あと少しだからついでに片づけるよ、と返して。
 獄寺くんこそ休んで良いよ、と言って、山本を呼んで下がって貰って(だってあの膨大な資料を集めるために、獄寺くんは俺よりも長く貫徹状態を続けていたのだ)。
 残りの資料をまとめて書類におこしてパソコンへ入力し、プリンタで出力してから最後に自分のサインを入れて。
「…終わったー!」
 できたばかりの書類をかき集めて、とんとん、と机の上で揃えてダブルクリップで留めて、決裁済みの箱にぽすんと置いて、椅子に座ったままでぐうっと大きく伸びをしたら、ばきぼきと関節が鳴った。
 いかにも働きました、と言わんばかりに悲鳴を上げた体に、思わず苦笑する。
「ふはー…」
 ぺたりと机の上に半身を伏せて、ひやりとしたそこに顎をのせる。
 リボーンがいたら「行儀が悪いぞダメツナが」とか言われるだろうけど、この場にあいつはいないので好きな姿勢で居られる。
「頑張ったなー俺、偉いえらい」
 一人きりだから誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めてみる。
「これで、来週末の会議は楽に進むなぁ」
 来週末と言っても今日はまだ火曜日───いや、日付が変わったので水曜日だ───なので、会議本番までは十日以上間があるのだけど、なにしろ資料が膨大すぎたし、部下に任せるのではなく俺が作らないと意味のないものだったので、早めに書類作成に取りかかったのだ。
 思った通り時間はかかったけど、こうして書類もできあがったことだし、明日からは通常業務に戻れる。
 休みがないのは正直しんどいけど、この数日間の貫徹状態を考えればきっとどうってことない。
 とりあえずは私邸に戻って風呂に入って睡眠を取り、明日からの業務に備えなくては。
「…とはいっても、疲れちゃったなぁ」
 ちょっとだけ休んでもいいかなぁ、と呟いて、机に突っ伏したまま目を閉じると、さっそく睡魔が襲ってくる。
 そこでふと思い出した。
「……あ、しまった…恭弥さんに、メール…」
 顔を上げて机の上に置いたままだった携帯に手を伸ばして、ぼんやりしてきた意識の中で二つ折りのそれをぱちりと開く。
 仕事に追われていて、せっかく貰ったメールにもまともな返事が返せていなかった。
 最後に貰ったメール画面を開くと、二日前の日付で本文には『暇なんだけど』と書かれている。
 これはつまり、いつも二人きりで休暇を過ごす別荘までおいで、という、お誘いのサインだ。
 あの邸へは時折清掃のために業者を入れさせる以外、ボディガードはおろか守護者さえも近寄らせないようにしている。
 滞在できるのは、俺と恭弥さんだけ。たった二人で過ごすためだけに手に入れた、俺と恭弥さんのための場所だ。
「…行きたいなぁ」
 画面を眺めて、ぽつんと呟く。
 恭弥さんから誘いがあったときは、できる限り予定を調整して休みを捻り出して邸へ駆けつけるようにしているのだけれど、今回はそれは叶わない。
 できあがったばかりのあの書類を作るために、他の仕事を殆ど投げ出したままにしていたからだ。
「行きたいよう…」
 恭弥さんだって財団関係や守護者の仕事であちこち飛び回っているから、ここのところ顔を合わせるどころか電話もできていなかった。
 私用のメールだって、あの書類のおかげでろくに返せていない。
「怒ってるだろうなぁ、恭弥さん」
 仕事モードに頭を切り換えていると、どうしたって私事を疎かにしてしまう。
 俺も恭弥さんもそれは一緒で、恭弥さんなんて返事すら寄越してくれないのだ。
 だから二日以内に返信が来なければ、ああ忙しいんだな、と納得して、俺は返事が来るのを諦めてしまう。
 お互いに暇を見てメールをするのだから、俺だって忙しければ、着信から半日以上過ぎてやっと返信するくらいだ。
 恋人同士なのにそんなものでいいのか、と聞かれると確かにおかしいのかもしれないが、これが俺達の基本スタイルなので今更変えられるわけもない。
 だけど今回は、俺から恭弥さんへの返事が遅すぎた…というか、未だあのメールへの返事ができていない。
「…どうしよう、返事」
 ごめんなさい、今回は行くの、無理みたいです。
 それだけの内容なのに、打てない。
 正確に言えば、打ちたくないのだ───逢えない現実に、へこんでしまうから。
 あの邸で逢えなかったことなんて何度もあるけど、それは大抵恭弥さんの方の仕事の予定が詰まっているときだ。
 『しばらく暇ですか?』と別荘へ誘う俺のメールに、『行けないよ』と簡潔に返された返事に気落ちしたことがどれだけあっただろう。
 だけど、俺の方からごめんなさいを言うのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「ううう…」
 返事が遅いと怒られるのも、逢いに行けないことを伝えるのも辛い。
「…ねむ…」
 そして、体は休息を欲している。
 それでも返事だけはなんとか送っておきたくて、とろんとした意識の中でぽちぽちと携帯のボタンを押す。
 ろくに中身も確認せずに送信ボタンを押して、再び机に突っ伏す。
「……あいたいよう、恭弥さん」
 その呟きを最後に、記憶はふっつりと途切れている。






 そして、気が付いたらここにいたのだ。