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琥珀を囲う腕(かいな)

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「…どこなんだろ、ここ」
 視界いっぱいに広がるのは、見慣れた執務室の天井でも、住み慣れた私邸の天井でも、はたまた行きたいと願っていた別荘の天井でもない。
 規則正しい木目の並んだ天井と、見事な透かし彫りの施された板のはめ込まれた欄間。
 水墨画のような絵の描かれた襖と部屋に漂う藺草の香りから、横になったままの状態でもここが和室であることは容易に知れた。
「ていうか、ホントにここ何処!?」
 がばりと起きあがると、布団から露わになった半身が藍色の生地で覆われていることに気づいた。
 いやに首周りがスッキリしていると思ったら、着ていたはずのスーツの代わりに着物が着せられていた。
「いつの間に…」
 連れてこられたことどころか、着替えさせられたことにさえ、全く気づかなかった。
 ボンゴレファミリーのボスたる者、他人の触れてくる気配に気づけなくてどうする。
 リボーンが知ったら、確実に彼の銃口が火を噴く。
 ああどうかリボーン先生の仕業じゃありませんように!と祈っていると、すらりと静かな音を立てて襖が開いた。
「───ああ、やっと目が覚めた?」
 そちらに視線を向ければ、俺が会いたくて仕方がなかったひとがそこにいた。
「…きょうや、さん?」
「いつまで寝てるかと思ったよ」
 とん、と襖が閉まる音がして、黒い着流し姿の恭弥さんが入ってくる。
「あの、ここ、どこですか…?」
「僕の隠れ家」
「か、隠れ家?」
「うん」
 こともなげに言うと、恭弥さんが俺のいる布団の傍に腰を下ろし、手にしていたミネラルウォーターのボトルを渡してくる。
 どのくらい眠っていたのかは解らないが、確かに喉は渇いていたので、俺もどうも、と素直にボトルを受け取った。
 …が。
「いろいろ腹が立ってきたから、ちょっと監禁しようと思って」
「…はい?」
 受け取ったボトルが、ぼすんと布団の上に落ちた。

















 久々にしっかり睡眠を取ってクリアになったはずの頭が、混乱する。
「え、ちょ、監禁ってどういう…」
「せっかく僕が暇になったからメールしたのに、二日経っても返事が返ってこないし」
「…す、すみません」
 そこは確かに俺が悪いので、素直に謝る。
「しかも、やっと返ってきたと思ったら…何なの、あれ」
「あれ、って?」
 首を傾げた俺に、恭弥さんがぴんと片眉を跳ね上げる。
「自分で送ったメールなのに、内容憶えてないの?」
 呆れたように言うと、恭弥さんは着物の右の袂から携帯を取りだしていくつか操作し、俺の方に画面を向けてくる。
「…うあ」
 開かれたメールの文面には、『あいたいけどあえないです』とひらがなで書かれている。
 言いたいことは何となく解るが、我ながら支離滅裂な内容で送ったものだ。
「どういうことか聞こうと思って部屋に行ったら誰もいないし、執務室へ行けば携帯持ったままで爆睡してるし」
 やっぱり、あそこで意識が途切れていたのは眠ってしまったせいか。
「赤ん坊に聞いたよ、3日貫徹だったんだって?」
「あー…はい。来週末の会議で使う書類、どうしても早くに仕上げておきたくて」
「もっと効率よく仕事しなよ」
「でもあれ、取りかかったら一気に仕上げた方が集中できると思ったから」
「それにしても、だよ。わざわざ貫徹しなくても良いじゃない」
 そう言うと恭弥さんは、俺の目のすぐ下をそっと指で撫でる。
「……すみません」
 おそらくそこには、隈ができているんだろう。
 同じように徹夜に近い状態で資料を集めてくれた獄寺くんの目の下にも、それはうっすら滲んでいたから。
「何回揺すっても、声を掛けても起きないし。…それで腹が立ったから」
「ま…まさかそれで監禁!?」
「うん」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 寝ていて反応しなかったから腹が立って監禁するなんて、いくらなんでも理由が横暴すぎる。
「で、でも俺、仕事が…っ」
「赤ん坊に話は通してあるから、心配しなくても良いよ」
「余計に心配です!絶対山のように仕事押しつけてくるに決まってます!」
 ただでさえ通常業務が溜まっていたのだ、帰ったら執務室の机の上は書類の山になっているだろう。
 考えるだけで恐ろしい。
「獄寺隼人に投げておくって」
「あああごめんね獄寺くん…」
 彼だって、俺と同じくらい忙しかったのに。
 思わず頭を抱えた俺の肩を抱いて、すり、と恭弥さんが体を擦りつけてくる。
「だから心おきなく、監禁されてなよ」
「ううう…」
 非常に、ものすっごく、良心が咎めるが。
 心の中で、降参のポーズを取る。
「ごめん獄寺くん…今度お返しする…」
 恭弥さんの背に、両腕を回した。






 だって、俺だって、ずっと恭弥さんとこうしたかったんだ。
 メールの返事も送れないくらい忙しくて、この後だって通常業務で忙しかったはずで。
 だから、逢えるのはずっと先だって思ってたから。
「つなよし」
 名前を呼んで、良い子良い子、と髪を撫でられて、俺は不覚にも涙が出そうになった。
「恭弥さん…っ」
 縋るように回した腕に力を込めて、背中の生地をきゅうっと握り締める。
「───俺、せっかくメール貰ったのに、ちゃんと返事できなくて」
「うん」
「せっかく恭弥さんが、あの邸へ誘ってくれたのに、ごめんなさいって言わないといけなくて」
 きつく目を閉じて、涙が溢れそうになるのを懸命に堪える。
「だ、だけど…ほんとはすっごく、すっごく逢いたくて、話もいっぱいしたくて」
「うん」
 どれくらいぶりだろう、仕事以外で顔を合わせて、これだけ近くにいられるのは。
「恭弥さんに、ぎゅうってして欲しかった」
「…奇遇だね、僕もだよ」
 低い声と一緒に、恭弥さんの腕に力が込められる。
「はぅ…っ」
 痛くて苦しいくらい強くて、でも気持ちが良くて、思わず声が漏れた。
「こうやって、綱吉を抱きしめたかった」
「きょうや、さん」
 逢いたかったよ、と囁かれて、堪えきれずに涙がひとつ零れた。
「うれ、しい」
 俺を願ってくれる、恭弥さんの気持ちが、たまらなく嬉しかった。