Happy barthday
「Happy barthday」
今日という日に
あなたが生まれた日に
精一杯の感謝を込めて
「ありがとう、カイト」
この一年が、あなたにとって、良い年となりますように。
この幸せが、いつまでも続きますように。
いつまでも、あなたと共に、いられますように。
「・・・マスター?」
「行ってきまー・・・うぉっ!」
声をかけた瞬間、体当たりを食らう。
よろけながらも、何とか踏ん張ると、
「カーイト、仕事行けねーだろ。ほら、離せって」
俺よりも頭一つ分デカいVOCALOIDは、駄々っ子のように首を振って、更にしがみついてきた。
「仕事に行っちゃ駄目だって。一人で留守番なんて、寂しいもんねえ」
女房が、笑いながら言う。
「おー、じゃあ、カイトも一緒に行くか?お前はイケメンだから、女子社員の間で、取り合いになっちまうな!」
「・・・ばっかじゃないの?」
娘も小学校高学年になると、なかなか手厳しい。
ランドセル姿で、冷ややかな視線を送りながら、
「早くしないと、遅刻するよ。カイトも、毎朝毎朝同じことしないの」
娘の言葉に、カイトは悲しそうな顔で、更にしがみついてきた。
「何だ、今朝は、やけに不機嫌だな」
「妬いてんのよ。カイトが、パパにべったりだから」
「違います!変なこと言わないで!!」
娘は、真っ赤になって叫ぶと、
「もう!こっちが遅刻しちゃうじゃない!!行ってきます!!」
勢いよく玄関を飛び出していく。
「・・・女の子は難しいなあ。なあ、カイト?お前だけだな、パパの味方は」
「昨日、あなたが帰ってきたとき、ゲームの途中でカイトが出迎えに行っちゃったから、拗ねてるのよ。カイトともっと遊びたかったのにーって」
何だ、カイトじゃなくて、俺に妬いてるのか。
「そうか。じゃあ、今日も急いで帰って、カイトと遊ぶかな」
「子供みたいなことしないのよ」
カイトは、取引先の客から引きとった、娯楽用アンドロイドだ。歌を得意とすることから、VOCALOIDと呼ばれている。
以前の持ち主は、若い娘さんで、病気で亡くなってしまったのだそうだ。
その時から、カイトは、声が出せなくなっている。
工業用ロボットと違って、感情表現豊かな娯楽用アンドロイドでは、この手の話は珍しくない。
人と同じように泣き、笑い、心を痛める。
カイトの声が聞けないのは残念だが、俺は音楽には疎いし、VOCALOIDを引き取っても、歌わせることが出来ない。声が出せないという不具合は、こちらの罪悪感を軽くしてくれた。
最初は、共働きだし、一人で留守番させる娘の遊び相手に、と思ったのだが、俺をマスターとして登録したせいか、べったり懐かれている。
懐かれれば可愛いし、息子が出来たような気がして、今ではすっかり「親バカ」だ。
「おはよう」
「おはよーっす」
「おはようございまーす」
職場について、挨拶を交わす。
いつも通りに自分の席に座ったところで、隣の同僚が話しかけてきた。
「おっはよー。その後、カイトの調子はどう?」
「ああ、いつも通り、可愛くて格好よくて世界一いい子だぞ」
「いや、そんな親バカ自慢、いらないから」
「何を言う。事実だ」
こいつが、俺にカイトを引き取ってくれと、頼んできたのだ。
大事なお客さんの頼みだからと泣きつかれたのと、不具合があるからタダでいいと言うので、引き取ったのだが、今では、何故手放したかったのか、不思議に思うくらいだ。
まあ、亡くなった娘を思いだして辛いという気持ちは、分からないでもないが。
「いやー、それならいいんだけど・・・。なんか変わったこととか、あったかなーと思ってさ」
「変わったこと?声が出ないくらいだが」
「あ、それはいいんだけどさ・・・」
妙に歯切れの悪い言葉に、俺は、あることを思い出した。
「変わったことと言えば、ハッピーバースデーの歌を、嫌がるな」
テレビを見ていた時、たまたま、俺の好きな女優が誕生日だということで、番組の中でお祝いをしていた。
ケーキのロウソクに火が灯され、ハッピーバースデーの歌が流れる。
合わせて一緒に歌っていたら、女房と一緒に洗い物していたカイトが、血相を変えて飛んできた。
いきなり、手で口をふさごうとするので、何事かと思ったら、どうやら、歌うなと言うことらしい。
その後、色々試した結果、ハッピーバースデーの歌だけを嫌がることが分かった。
まあ、日常的に歌うものではないし、さほど気にしてはいないのだが。
「あ・・・あー、ハピバの歌かー・・・。じゃあ、やっぱり・・・」
「やっぱりって何だよ」
同僚は、しばしためらった後、「あくまで、噂だけど」と前置きしてから、
「カイトのマスターだった娘さん、病気じゃなくて・・・自殺だったらしい」
「え?」
聞いた話だと言いながら、教えてくれたのは、カイトのマスターだった娘さんが、誕生日当日に、自殺したということだった。
「それも、家族で誕生日のお祝いをした直後だってさ」
自分の部屋で首を吊っていたのを、発見したのはカイトだったらしく、そのショックで、声が出なくなったのではないかと、同僚は言った。
「俺も、最初病気だって聞いてたからさー・・・。なんか・・・うん、悪いことしたかなーっと思って」
「いや、別に・・・。カイトが悪い訳じゃないし」
「あー、まあ、そうだな。別に、カイトが何したってことでもないし」
同僚は、気まずそうに笑って、目を逸らすと、
「さ・・・さーて、仕事仕事。あんまり喋ってっと、怒られっからな」
わざとらしく言ってから、自分の机に向き直る。
俺も、曖昧に答えながら、仕事を進める振りをした。
自殺した娘が大切にしていた、VOCALOID。
壊すには忍びなく、手元に置くのは辛い。
その気持ちは、理解出来る。
カイトは、どう思ったのだろう。
マスターを失い、声が出なくなり、別の家に引き取られた。
歌を得意とするアンドロイドなのだから、当然、ハッピーバースデーの歌を歌ったのだろう。
その直後に、マスターが自殺した。
あの時、必死になって俺の歌を止めようとした、カイトの顔を思い出す。
あの時、カイトは、泣いていただろうか。
「ただーい・・・ぐはっ!」
「お帰りなさーい。遅かったのね」
玄関を開けると同時に、カイトに勢いよく抱きつかれた。
よろけながらも、手元の箱は死守する。
後から、ぱたぱたと女房が出てきて、
「カイトが寂しがって、大変だったんだから。遅くなるなら、連絡くれれば良かったのに」
「あー、分かった分かった。遅くなって悪かったよ。ほら、土産」
手元の箱を差し出すと、女房が受け取って、
「あら、なあに?これ」
「ケーキ。受けとるのに、時間かかっちまってさ」
「あら、珍しい。ずいぶん大きい箱だけど、いくつ買ったの?」
「あー、デコレーションケーキだからな」
「ええ?」
驚いた顔の女房を余所に、俺は、ハッピーバースデーの歌を歌い始めた。
「ハッピバースデー トゥー ユー。ハッピバー・・・うぐっ!」
カイトが、慌てて俺の口をふさぐ。
その手を、無理矢理押し退けて、
今日という日に
あなたが生まれた日に
精一杯の感謝を込めて
「ありがとう、カイト」
この一年が、あなたにとって、良い年となりますように。
この幸せが、いつまでも続きますように。
いつまでも、あなたと共に、いられますように。
「・・・マスター?」
「行ってきまー・・・うぉっ!」
声をかけた瞬間、体当たりを食らう。
よろけながらも、何とか踏ん張ると、
「カーイト、仕事行けねーだろ。ほら、離せって」
俺よりも頭一つ分デカいVOCALOIDは、駄々っ子のように首を振って、更にしがみついてきた。
「仕事に行っちゃ駄目だって。一人で留守番なんて、寂しいもんねえ」
女房が、笑いながら言う。
「おー、じゃあ、カイトも一緒に行くか?お前はイケメンだから、女子社員の間で、取り合いになっちまうな!」
「・・・ばっかじゃないの?」
娘も小学校高学年になると、なかなか手厳しい。
ランドセル姿で、冷ややかな視線を送りながら、
「早くしないと、遅刻するよ。カイトも、毎朝毎朝同じことしないの」
娘の言葉に、カイトは悲しそうな顔で、更にしがみついてきた。
「何だ、今朝は、やけに不機嫌だな」
「妬いてんのよ。カイトが、パパにべったりだから」
「違います!変なこと言わないで!!」
娘は、真っ赤になって叫ぶと、
「もう!こっちが遅刻しちゃうじゃない!!行ってきます!!」
勢いよく玄関を飛び出していく。
「・・・女の子は難しいなあ。なあ、カイト?お前だけだな、パパの味方は」
「昨日、あなたが帰ってきたとき、ゲームの途中でカイトが出迎えに行っちゃったから、拗ねてるのよ。カイトともっと遊びたかったのにーって」
何だ、カイトじゃなくて、俺に妬いてるのか。
「そうか。じゃあ、今日も急いで帰って、カイトと遊ぶかな」
「子供みたいなことしないのよ」
カイトは、取引先の客から引きとった、娯楽用アンドロイドだ。歌を得意とすることから、VOCALOIDと呼ばれている。
以前の持ち主は、若い娘さんで、病気で亡くなってしまったのだそうだ。
その時から、カイトは、声が出せなくなっている。
工業用ロボットと違って、感情表現豊かな娯楽用アンドロイドでは、この手の話は珍しくない。
人と同じように泣き、笑い、心を痛める。
カイトの声が聞けないのは残念だが、俺は音楽には疎いし、VOCALOIDを引き取っても、歌わせることが出来ない。声が出せないという不具合は、こちらの罪悪感を軽くしてくれた。
最初は、共働きだし、一人で留守番させる娘の遊び相手に、と思ったのだが、俺をマスターとして登録したせいか、べったり懐かれている。
懐かれれば可愛いし、息子が出来たような気がして、今ではすっかり「親バカ」だ。
「おはよう」
「おはよーっす」
「おはようございまーす」
職場について、挨拶を交わす。
いつも通りに自分の席に座ったところで、隣の同僚が話しかけてきた。
「おっはよー。その後、カイトの調子はどう?」
「ああ、いつも通り、可愛くて格好よくて世界一いい子だぞ」
「いや、そんな親バカ自慢、いらないから」
「何を言う。事実だ」
こいつが、俺にカイトを引き取ってくれと、頼んできたのだ。
大事なお客さんの頼みだからと泣きつかれたのと、不具合があるからタダでいいと言うので、引き取ったのだが、今では、何故手放したかったのか、不思議に思うくらいだ。
まあ、亡くなった娘を思いだして辛いという気持ちは、分からないでもないが。
「いやー、それならいいんだけど・・・。なんか変わったこととか、あったかなーと思ってさ」
「変わったこと?声が出ないくらいだが」
「あ、それはいいんだけどさ・・・」
妙に歯切れの悪い言葉に、俺は、あることを思い出した。
「変わったことと言えば、ハッピーバースデーの歌を、嫌がるな」
テレビを見ていた時、たまたま、俺の好きな女優が誕生日だということで、番組の中でお祝いをしていた。
ケーキのロウソクに火が灯され、ハッピーバースデーの歌が流れる。
合わせて一緒に歌っていたら、女房と一緒に洗い物していたカイトが、血相を変えて飛んできた。
いきなり、手で口をふさごうとするので、何事かと思ったら、どうやら、歌うなと言うことらしい。
その後、色々試した結果、ハッピーバースデーの歌だけを嫌がることが分かった。
まあ、日常的に歌うものではないし、さほど気にしてはいないのだが。
「あ・・・あー、ハピバの歌かー・・・。じゃあ、やっぱり・・・」
「やっぱりって何だよ」
同僚は、しばしためらった後、「あくまで、噂だけど」と前置きしてから、
「カイトのマスターだった娘さん、病気じゃなくて・・・自殺だったらしい」
「え?」
聞いた話だと言いながら、教えてくれたのは、カイトのマスターだった娘さんが、誕生日当日に、自殺したということだった。
「それも、家族で誕生日のお祝いをした直後だってさ」
自分の部屋で首を吊っていたのを、発見したのはカイトだったらしく、そのショックで、声が出なくなったのではないかと、同僚は言った。
「俺も、最初病気だって聞いてたからさー・・・。なんか・・・うん、悪いことしたかなーっと思って」
「いや、別に・・・。カイトが悪い訳じゃないし」
「あー、まあ、そうだな。別に、カイトが何したってことでもないし」
同僚は、気まずそうに笑って、目を逸らすと、
「さ・・・さーて、仕事仕事。あんまり喋ってっと、怒られっからな」
わざとらしく言ってから、自分の机に向き直る。
俺も、曖昧に答えながら、仕事を進める振りをした。
自殺した娘が大切にしていた、VOCALOID。
壊すには忍びなく、手元に置くのは辛い。
その気持ちは、理解出来る。
カイトは、どう思ったのだろう。
マスターを失い、声が出なくなり、別の家に引き取られた。
歌を得意とするアンドロイドなのだから、当然、ハッピーバースデーの歌を歌ったのだろう。
その直後に、マスターが自殺した。
あの時、必死になって俺の歌を止めようとした、カイトの顔を思い出す。
あの時、カイトは、泣いていただろうか。
「ただーい・・・ぐはっ!」
「お帰りなさーい。遅かったのね」
玄関を開けると同時に、カイトに勢いよく抱きつかれた。
よろけながらも、手元の箱は死守する。
後から、ぱたぱたと女房が出てきて、
「カイトが寂しがって、大変だったんだから。遅くなるなら、連絡くれれば良かったのに」
「あー、分かった分かった。遅くなって悪かったよ。ほら、土産」
手元の箱を差し出すと、女房が受け取って、
「あら、なあに?これ」
「ケーキ。受けとるのに、時間かかっちまってさ」
「あら、珍しい。ずいぶん大きい箱だけど、いくつ買ったの?」
「あー、デコレーションケーキだからな」
「ええ?」
驚いた顔の女房を余所に、俺は、ハッピーバースデーの歌を歌い始めた。
「ハッピバースデー トゥー ユー。ハッピバー・・・うぐっ!」
カイトが、慌てて俺の口をふさぐ。
その手を、無理矢理押し退けて、
作品名:Happy barthday 作家名:シャオ