ありがとう
そこには、力強く前を見据え棍を構えるティエルを中央に、剣を手に不敵に笑むビクトール、憂う眸のオデッサ、星詠み祈るレックナート──たくさんの仲間たちの姿が在った。
そして──
「ブラック……」
天高く羽ばたく黒竜とその背に跨り風を駆けるフッチの姿が、描かれていた。
「なんで……ブラックが、」
フッチは魅入られたように茫然と目を見開いたまま、震える言葉を紡いだ。一歩、二歩と近付き見上げる。
「失礼だがあんたのこと、ティエルに聞かせてもらった。どうしても最後にあんたの姿を描き足したくてな。そして、その悲しみと強さを、知った」
びくりと肩を震わせるフッチの背を見やり、イワノフは壁画へと視線を戻した。そうしてゆっくりと踏み出す。
「ティエルの話すあんたの姿は、わしの求める自由の色を空へとえがいていた。──あんたをえがくことで、わしは自由の色にまた一つ近付けた気がする」
辿り着き、壁画へと触れた手はそのままに、振り返りフッチを見つめる。
「ありがとう少年。いや……フッチ」
す、と差し出された大きな手に、フッチは戸惑い俯いた。そうしてふるふるとかぶりを振る。
「おれ、おれ。だってもう竜騎士じゃ、ない。自由に空を飛ぶことなんて出来ない! だから、だからあんたの言う自由の色なんてもう……持ってない……!」
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら荒く息を吐く。きゅうと夜着の裾を握り締め、恥じるように慌てて目元を拭った。
「でも、ありがとう……おれのブラックを描いてくれて。ブラックは、もう、いないけど、でも。この絵を見たら、みんなブラックのこと……思い出してくれるよな。すごい竜だったんだって。空を自由に駆ける、おれの自慢のブラックのこと、」
拭っても拭っても溢れ出す涙を散らしながら、フッチはようやくイワノフへと笑みを向け──その手を握り返した。照れ隠しにかそのまま乱暴に上下に振り回し、勢い良く離す。目を瞬かせるイワノフへもう一度歯を見せ笑んだあと、チラと壁画へと視線を投げ噴き出した。
「でもこのティエル、ちょっとカッコ良すぎじゃないかい。本物はこーんななのに」
言いながら、フッチは悪戯な笑みと共にティエルを仰ぎ見た。
二人の遣り取りを静かに見守っていたティエルは、あまりの言い草と共に向けられた矛先に二度三度瞬いて。
「言ったね、この!」
フッチの背後から腕を絡め抱き、その小さな頭へ顔を埋めて小突き回した。
深夜であることも忘れ高く声を上げながら笑い転げ回る少年たちに、イワノフは肩を竦めて笑んだあと──ゆうるりと壁画を見上げた。
最後の愛の色で完成したこの絵のように。長きに渡る戦の先に生まれるものが、悲哀と憎悪に塗りつぶされぬ──愛に満ちた世界となることを願いながら。