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昭和初期郭ものパラレルシズイザAct.5

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「・・・ちょっと旦那、いきなり?」

布団の上へと蹴り飛ばされた臨也が
口の端の血を
手の甲で優美に拭いながら微笑む

すでに両の頬を平手で張られて
口の中が切れて
おろしたての白い絽の襟が
赤く染まった

「すっかりご無沙汰でお見限りかと思ってましたけど?」
「ずっと忙しかったんでな。」

ニコリともせず男が
肩を揺すって落とした上着を
臨也が拾って立ち上がり衣紋掛けに掛ける

「それは商売繁盛でおめでとうございます旦那。」

馬鹿丁寧に下げた頭は
グイと男に髪を掴まれて
そのまままた布団の上へと引き摺り倒され
押さえつけられのし掛かられる

「お前の方も。繁盛してそうじゃないか?」
「お陰様で?旦那達のお陰と感謝してますよ。」
「心にも無い事を。」
「それはお互い様でしょう旦那?」
「フン。」

乱暴に髪を掴まれ
上を向かされ
顎を取られて吸われる唇
男の手が裾を割る瞬間思わず身体に力が入り
抵抗しそうになるのを男は決して見逃さない




「怖いか?俺が?」
「・・・まさか。」




どんなに蠱惑的に微笑み返しても
男が微笑み返すことは無い
じっと見つめて追い詰められて
臨也は思わず目を逸らす

「客とやる時もこうか?興ざめだな。」
「俺を買えるような金持ちはいやしませんさ。」
「それもそうだ。俺以外はな。」

四木は妙な男で
この界隈一帯を取り仕切るヤクザの要だが
傘下の店へ来る時には
相手をする者にきちんと代金を払う
そのかわり
ちゃんと客として楽しませろと
そう言って

この店で
臨也を指名しようとすれば
それは法外な金額なのは目に見えており
また背後には四木の執心ぶりも伺える為
店に出始めの最初のうちこそ指名も多かったものの
今では臨也を指名するような男はまず居ない

「お前の身体は俺が作ったようなもんだからな。」

男が値踏みするように撫でさする身体は
水揚げの時からずっと
この男の意のままに扱われる玩具だ

「・・・あの新入りの用心棒。名前は?」
「え・・・。」
「名前だよ。あいつの。」

あいつ
と言う時
四木にじっと観察されているのを
臨也は感じ
微かに動悸が上がったのを
懸命に気取られまいとフフと微笑む

「静雄です。サイモンの後釜で。」
「そんな事は知れている。素性は?」
「さぁ?闇市で取り立て屋をしてたとか?」
「・・・そうか。」

四木の視線が
じっと
己から逸らされないのを
臨也は肌に突き刺さるように感じる

「まぁいい。脱げ。」
「・・・俺一人で?」
「あぁ。せいぜい楽しませろ。」

四木が臨也の身体の上から退き
布団の上であぐらをかくと煙管盆を引き寄せ
その煙管に臨也が優美な手つきで火をつける
そしてそろりと着物の裾を引いて立ち上がり
さっさとやれ

目で促され
臨也はまず肩を揺すって
するり

絽の着物を
畳に

落とした








部屋へ戻って
寝ろとは言われたものの
とても眠れず静雄は何度目かの寝返りを打って
畜生眠れるかよと起き上がる

あの男
見るからにやくざものの
あの四木と言う男

自分を見た目と
臨也を見た目
感情を表に出さない瞳だが
あの威圧感を思い出すだけでも
腹の底が煮えるような気になって
また静雄は拳をぎりりと握り
それからハァと溜息髪を掻く

「・・・つぅか。アレか。まぁこんな商売何処も」

やくざの息がかかってんのは
当たり前だけどな
と呟く静雄が元居た闇市も
結局はやくざの元締めが居て
甘い汁を吸うのは彼らと相場が決まっていた

「しかしだからって」

こんな朝っぱらから

「来るかよ。普通。」

静雄は呟いて欠伸をし
枕を抱いて
じっと考えてみる

恐らく
あの男は臨也目当てで
だから店の営業に影響の無いこんな朝を選んだのか
そして所謂あれが臨也の旦那に違い無い
あの威圧感と有無を言わせぬ強引さ
こいつは俺のものだと言わんばかりのあの態度を
静雄は思い出してムシャクシャし
あぁ畜生と枕を投げる

顔でも洗って気分を変えようと
手ぬぐいを持って井戸端へゆき
ザバザバと顔を洗って深呼吸
両手でパンと頬叩き
おし、これでいいなと独り言
手ぬぐいヒラリと首にかけ
部屋へと戻るその途中

バタバタと
駆けてゆく音
慌てた声と
何事があったかと覗いて見れば

今しも帰ろうとする男
来た時と同じに背広を肩にかけ
少しも慌てず悠然と
出て行く背中に起き出した
店の者が皆頭を下げて最敬礼
それを離れたところから
眉をひそめて見送って
静雄は気になり
臨也の部屋へ




「オイ!手前っつ!?」



ぐっしょりと
濡れた黒髪
布団に散って
素肌に一枚絽を掛けて
喘ぐ顔色土気色
汗の臭いと
男の匂い
枕の側には注射器と
空のアンプル
転がって

「ヒロポンです」
「臨也さん心臓がお悪いのに」
「四木の旦那も随分な無茶を」
「今、新羅さんのところへ使いをやっています」

番頭の声が
静雄の耳に
遠くなる



あんの
外道





呟いた声
それだけ残し
店の者が止める間も無く飛び出した
静雄は浴衣の裾まくり
往来走って追いついて

オイあんた

やくざの男の肩を引く

その瞬間

閃く白刃
咄嗟にかわし
手ぬぐい斬らせて
間合いを取った




「これは。中々のもんだ。軍隊仕込みか?」
「まぁな。ところでそれ、ドスって奴かい。初めて見たぜ。」
「あぁ。俺の得物だ。」

よく斬れるぜ

ドスを構える男に素手で
向かう静雄が歯がみする

「あんた。臨也の旦那だろ?」
「そうだが。」
「ならナンであいつ痛めつけんだ。あいつ病持ちだろ。」
「病のことは知らんがね。医者を呼べばいいだろう。」
「あんた・・・それでもあいつの旦那か?」
「旦那だからこそ好きにさせて貰う。金は払ってる。」

ぎりっ、

静雄の奥歯が鳴った


「金かよ・・・。金あったら何してもいいってか?」
「理想論をかましたけりゃ余所の世界で生きろ。」

俺達の居るこの世界は

「そういう世界だ。違うか小僧?」
「・・・あんたは気に食わねぇ。」
「そうか。俺もお前が気に食わない。」

突き出されなぎ払われた刃先を
静雄は着物を斬られながら辛うじてかわし
男の腕を取ろうとするが相手もやくざ
場数の数なら静雄よりも余程こなしている男は
中年とは言え手強く抜け目なく
往来に人だかりが出来るまで決着は付かず
とうとう建前上放っておけなくなった警察が
遠慮がちに出て来たところで
勝負はお預けとなる

あいつは
俺のだ

四木は静雄に言い
静雄は黙って
そんな男を睨み返した

話を、
と言う警察を振り切って
静雄はまた裾をまくって店へと帰る




「臨也ァア!!大丈夫か臨也ァア!!」



裾をはらってどかどかと上がる店はもう
店の者達が皆起き出して不安げに
遠巻きに臨也の部屋を見守って
その中には
今にも泣き出しそうな顔をした子も

「ちょっと静雄君、静かに。今、診察中だよ?」
「煩ぇ!新羅!そいつ無事なんだろうな?!」
「無事、じゃないけど。生きてるよ。まだ。」

まだ
生きてると言われた臨也は
死人のような顔色で
胸に大きな氷嚢を乗せて
黒い睫をじっと閉じ