おまえも食えも!
突然、眼下から現れた、手のような形をしたふかふかの羽が何かを差し出したので、ダンバンは反射的に左手で受け取った。一瞬遅れて、今度はなにか得体の知れない物を渡されるのではないかと思ったときには、もう手のひらになにか小さなものがぽとりと落とされ、それが何か確認する暇もなく、その大きな羽は、ダンバンの左手を、握らせるようにぎゅっと包み込んでいた。
「それで、今度は何を持ってきたんだ、リキ」
「今度こそ、絶対にイイモノだも!」
ふかふかした羽は手を包み込んだまま、その羽をたどった先にいる丸っこいふわふわのリキは、小さな全身を楽しそうに躍らせていた。今度こそ。絶対に。そう断言するリキの表情は自信に満ち溢れており、さしものダンバンも、小さく笑わざるを得なかった。
「甘くておいしい果物が苦手だなんて、ダンバンちょっとずるいも。そーいうの、たいがいみんな好きだも!」
「悪いか?リキにだって苦手なもののひとつやふたつ、あるだろう」
「ないも。リキはなんでも食べるも!」
「本当か?」
「ほ、本当だも!」
「……ふうん」
少しだけ動揺した様子を見せるリキを、ダンバンは見てみぬふりをしてやる。そういえばこの前、夕食に出た何かの食材を、リキがものすごい顔をしながら食べていたな。そんなことを思ったが、ここで笑ってしまえば、きっとリキはただでさえ丸い顔をさらに丸くしてふくれてしまうだろう。ふくれっつらをしたリキを想像してまた笑い出しそうになりながら、ダンバンはあくまで平常を装った。
「今度こそ間違いないんだも!ダンバン、きっとこれ好きも!」
「なんだ、自信があるようだな?」
手のひらの中にある感触から、おおむね何がそこにあるのかは判断が出来た。だが、そこにあるものがなくならないように、しっかりとそのダンバンの手を握りしめているリキの羽は、まだ中身を覗くことを許してくれないらしい。
「自信おおありだも!リキもこれ好きも!」
「おまえと俺の好みが同じかどうかは別として。しかしずいぶんな自信だな。さては、フィオルンにでも聞いてきたのか?」
「うっ、さすが英雄はするどいんだも……」
「それは関係ないだろうに」
リキはこうしてときどき、そこらへんで見つけた果物や野菜、小動物と言ったあらゆるものを拾っては、旅の仲間にプレゼントしている。本人なりに、相手が何が好きなのかを考えて渡しているらしいのだが、よくマトハズレなものをプレゼントしては、皆からごく少しの顰蹙(ひんしゅく)と苦笑を買っている。メリアやカルナには喜んでもらえたから、という理由でダンバンに渡したアメシストレモンやシャープクランベリも、ダンバンの口には合わなかった。それを正直に告げたら、今度こそ、と自信満々でリキが飛んできたのである。ここ、コロニー6を復興するために滞在している、ほんの数日の間に。
「とにかく見ろも!逃げ出さないように気をつけるも」
「ああ、わかった」
ダンバンがそっと手のひらを開くと、リキは言われるまでもなく、その「プレゼント」が逃げ出さないように壁を補った。その大きな羽をダンバンの手に添えるようにして。ダンバンの右腕が自由に動かないことを気遣ってか、そうではないのかは分からなかったが、リキの優しさに感謝をしながら、ダンバンは手の中を覗き込む。
「ほう。ゴムカマキリか」
「あたりだも!」
ダンバンの反応をうかがっていたリキは、彼が感心したような声を上げると嬉しそうに飛び跳ねた。
「採掘場まで捕りに行ってきたんだも」
「こいつがいるのは、たしかこのコロニー6の中でも、暗くて湿度のあるあそこだけだもんな。しかし、よくこんなもん見つけてきたな」
ゴムカマキリは、コロニー9では見かけない、そこそこ珍しい昆虫だ。昔はよく、コロニー6への遠征に出たときに捕まえては暇を潰したものだが、こうして近くで見るのは、そういえば久しぶりだった。
「ダンバン、これ好きかも?」
ふと目を向けると、リキは大きな瞳の中にじっとダンバンの顔を捉えていた。全身全霊をダンバンに向けているかのような、それはそれはものすごい、熱烈極まりない視線。これだ。他の連中も、変なもん貰っても本気で怒れないわけだ。
「そうだな、虫の中でもこいつは特に好きだ」
「そうかも!やっぱりリキの思ったとおりだも!」
ダンバンが礼を述べると、リキはえっヘん、といわんばかりに胸を張った。だが、ぴくぴくと動く小さな口は、まるきり嬉しさを隠せていない。
「でも意外だも。フィオルンに聞くまで、リキ、ホムホムは虫が嫌いかと思ってたも。ダンバンは虫が好きなのかも?」
「そりゃあ、ホムスにだって虫が好きなヤツはいるさ。俺も好きだが、ラインやシュルクも嫌いではないと思うぞ」
「そうなのかも?それじゃこんどプレゼントしてみるも!」
「ああ、そうしてみるといい」
右に左に跳ね回り、得意のノポンダンスを踊りながら、リキは「そんじゃー、ラインにはマクナの虫でー、シュルクにはー……」とさっそくプレゼント大作戦の計画を立て始める。そんな楽しそうなリキにダンバンは頬を緩めた。
初めて出会ったときの印象も手伝って、最初はそれこそ胡散臭いやら心もとないやら散々な言われようだったリキも、今では苦楽を共にした大切な仲間となっていた。彼には、ダンバンも幾度となく助けられている。戦いに関することだけではない。冗談を言ったり、必要以上にかわいく振舞ってみたり、かと思えば、誰よりも大人びたような態度で、仲間の話を聞いたり。そうしてさりげなく、落ち込んでいる仲間をじんわりと励ます。それは誰にも真似できない、リキの優しさだった。
「わざわざありがとうな、リキ」
「え?へへへー。勇者だから、これくらいはあたりまえだも!」
身体全体で喜びを表現しながらも、勇者だからと今さら照れ隠しをするリキと、手の中で動き回っているゴムカマキリ。ダンバンが穏やかな気持ちでそれらを交互に眺めていると、動きを止めて、リキが口を開いた。
「ダンバン!新鮮なうちが一番いいも!」
「……急に何の話だ?」
新鮮なうち、という言葉にまったく覚えがなく、ダンバンが首を捻る。本当に何の話だ、もうろくするにはまだ早すぎるし……。
「ゴムカマキリも!時間がたつと弾力がなくなっちゃっておいしくないも。頭を取ったら一気にパクッとヤッチャウも!」
「…………」
見れば、よだれを一筋垂らしながら、リキが妙に嬉しそうな視線をダンバンに送っていた。その口から飛び出したのは、聞き間違えがなければとんでもない意味のもの。
「い、いや、あのな、リキ。俺は虫は食わないんだ」
「……でもダンバン、虫好きって言ったも」
ダンバンの言葉に、急に眉をひそめ、リキが不安そうに顔を曇らせる。さしもの英雄ダンバンも、これには慌てて首を振った。
「ああ、そうだ。確かに言ったな。でもそれは、食用としての好きって意味じゃないんだ」
「じゃあ、それ、このあとどうするんだも?」
「もちろん、大切にするさ」
「ふぅん……大切にするのかも?」
短い手を口にあててしばらく考え込んだリキは、いささか納得いかない様子ではあったが、やがて顔を上げて頷いた。
「それで、今度は何を持ってきたんだ、リキ」
「今度こそ、絶対にイイモノだも!」
ふかふかした羽は手を包み込んだまま、その羽をたどった先にいる丸っこいふわふわのリキは、小さな全身を楽しそうに躍らせていた。今度こそ。絶対に。そう断言するリキの表情は自信に満ち溢れており、さしものダンバンも、小さく笑わざるを得なかった。
「甘くておいしい果物が苦手だなんて、ダンバンちょっとずるいも。そーいうの、たいがいみんな好きだも!」
「悪いか?リキにだって苦手なもののひとつやふたつ、あるだろう」
「ないも。リキはなんでも食べるも!」
「本当か?」
「ほ、本当だも!」
「……ふうん」
少しだけ動揺した様子を見せるリキを、ダンバンは見てみぬふりをしてやる。そういえばこの前、夕食に出た何かの食材を、リキがものすごい顔をしながら食べていたな。そんなことを思ったが、ここで笑ってしまえば、きっとリキはただでさえ丸い顔をさらに丸くしてふくれてしまうだろう。ふくれっつらをしたリキを想像してまた笑い出しそうになりながら、ダンバンはあくまで平常を装った。
「今度こそ間違いないんだも!ダンバン、きっとこれ好きも!」
「なんだ、自信があるようだな?」
手のひらの中にある感触から、おおむね何がそこにあるのかは判断が出来た。だが、そこにあるものがなくならないように、しっかりとそのダンバンの手を握りしめているリキの羽は、まだ中身を覗くことを許してくれないらしい。
「自信おおありだも!リキもこれ好きも!」
「おまえと俺の好みが同じかどうかは別として。しかしずいぶんな自信だな。さては、フィオルンにでも聞いてきたのか?」
「うっ、さすが英雄はするどいんだも……」
「それは関係ないだろうに」
リキはこうしてときどき、そこらへんで見つけた果物や野菜、小動物と言ったあらゆるものを拾っては、旅の仲間にプレゼントしている。本人なりに、相手が何が好きなのかを考えて渡しているらしいのだが、よくマトハズレなものをプレゼントしては、皆からごく少しの顰蹙(ひんしゅく)と苦笑を買っている。メリアやカルナには喜んでもらえたから、という理由でダンバンに渡したアメシストレモンやシャープクランベリも、ダンバンの口には合わなかった。それを正直に告げたら、今度こそ、と自信満々でリキが飛んできたのである。ここ、コロニー6を復興するために滞在している、ほんの数日の間に。
「とにかく見ろも!逃げ出さないように気をつけるも」
「ああ、わかった」
ダンバンがそっと手のひらを開くと、リキは言われるまでもなく、その「プレゼント」が逃げ出さないように壁を補った。その大きな羽をダンバンの手に添えるようにして。ダンバンの右腕が自由に動かないことを気遣ってか、そうではないのかは分からなかったが、リキの優しさに感謝をしながら、ダンバンは手の中を覗き込む。
「ほう。ゴムカマキリか」
「あたりだも!」
ダンバンの反応をうかがっていたリキは、彼が感心したような声を上げると嬉しそうに飛び跳ねた。
「採掘場まで捕りに行ってきたんだも」
「こいつがいるのは、たしかこのコロニー6の中でも、暗くて湿度のあるあそこだけだもんな。しかし、よくこんなもん見つけてきたな」
ゴムカマキリは、コロニー9では見かけない、そこそこ珍しい昆虫だ。昔はよく、コロニー6への遠征に出たときに捕まえては暇を潰したものだが、こうして近くで見るのは、そういえば久しぶりだった。
「ダンバン、これ好きかも?」
ふと目を向けると、リキは大きな瞳の中にじっとダンバンの顔を捉えていた。全身全霊をダンバンに向けているかのような、それはそれはものすごい、熱烈極まりない視線。これだ。他の連中も、変なもん貰っても本気で怒れないわけだ。
「そうだな、虫の中でもこいつは特に好きだ」
「そうかも!やっぱりリキの思ったとおりだも!」
ダンバンが礼を述べると、リキはえっヘん、といわんばかりに胸を張った。だが、ぴくぴくと動く小さな口は、まるきり嬉しさを隠せていない。
「でも意外だも。フィオルンに聞くまで、リキ、ホムホムは虫が嫌いかと思ってたも。ダンバンは虫が好きなのかも?」
「そりゃあ、ホムスにだって虫が好きなヤツはいるさ。俺も好きだが、ラインやシュルクも嫌いではないと思うぞ」
「そうなのかも?それじゃこんどプレゼントしてみるも!」
「ああ、そうしてみるといい」
右に左に跳ね回り、得意のノポンダンスを踊りながら、リキは「そんじゃー、ラインにはマクナの虫でー、シュルクにはー……」とさっそくプレゼント大作戦の計画を立て始める。そんな楽しそうなリキにダンバンは頬を緩めた。
初めて出会ったときの印象も手伝って、最初はそれこそ胡散臭いやら心もとないやら散々な言われようだったリキも、今では苦楽を共にした大切な仲間となっていた。彼には、ダンバンも幾度となく助けられている。戦いに関することだけではない。冗談を言ったり、必要以上にかわいく振舞ってみたり、かと思えば、誰よりも大人びたような態度で、仲間の話を聞いたり。そうしてさりげなく、落ち込んでいる仲間をじんわりと励ます。それは誰にも真似できない、リキの優しさだった。
「わざわざありがとうな、リキ」
「え?へへへー。勇者だから、これくらいはあたりまえだも!」
身体全体で喜びを表現しながらも、勇者だからと今さら照れ隠しをするリキと、手の中で動き回っているゴムカマキリ。ダンバンが穏やかな気持ちでそれらを交互に眺めていると、動きを止めて、リキが口を開いた。
「ダンバン!新鮮なうちが一番いいも!」
「……急に何の話だ?」
新鮮なうち、という言葉にまったく覚えがなく、ダンバンが首を捻る。本当に何の話だ、もうろくするにはまだ早すぎるし……。
「ゴムカマキリも!時間がたつと弾力がなくなっちゃっておいしくないも。頭を取ったら一気にパクッとヤッチャウも!」
「…………」
見れば、よだれを一筋垂らしながら、リキが妙に嬉しそうな視線をダンバンに送っていた。その口から飛び出したのは、聞き間違えがなければとんでもない意味のもの。
「い、いや、あのな、リキ。俺は虫は食わないんだ」
「……でもダンバン、虫好きって言ったも」
ダンバンの言葉に、急に眉をひそめ、リキが不安そうに顔を曇らせる。さしもの英雄ダンバンも、これには慌てて首を振った。
「ああ、そうだ。確かに言ったな。でもそれは、食用としての好きって意味じゃないんだ」
「じゃあ、それ、このあとどうするんだも?」
「もちろん、大切にするさ」
「ふぅん……大切にするのかも?」
短い手を口にあててしばらく考え込んだリキは、いささか納得いかない様子ではあったが、やがて顔を上げて頷いた。