ビーンカード・ウォーズ
どんなに情けなくっても、格好が悪くても、限度と程度、節度ぐらいは弁えたバカだと思ってたのに。
なんなんだこの惨状は。
勝手に裏切られたような気分になって、自分のなかの政春像に明良は思い切り蹴りを入れた。もちろん本人は目の前に居ないから、きっちりこっそり頭の中でだ。
綺麗な亀裂を縦横に入れて、脆くも粉々になった政春(想像)をもう一度靴底でしっかりと踏みつぶし、粉末状にまで持ち込んだところで明良の脳内完全犯罪はようやく作戦終了した。
最後の仕上げに北風に乗せて、吸った空気ごと流しておく。一度くらい土に還ってゼロから出直せば、こいつのバカも少しはマシになるんじゃないだろうか。
なんだかんだ言いながら、自分はそれなりに政春の人格……いや、校格か、を買っていたのだということに気がついて、明良は内心歯がみした。なんとなくそれを認めるのも、悔しい。自分が気にかけるべきは政春ではなく、断じてCHARMだなんだと言い張るあのバカではなく早太だ。
手のなかでぐしゃりと音を立てて書類が、それなりに重要なリバティタワーの設計図(この建物はつい最近明良が造ったもので、それに比例して身長が少し伸びた。政春が見たい見たいと駄々をこねたから今回こうして手ずから持ってきたわけだ)が袋ごと歪んだような気もしたけれど、それには気付かないことにする。
頭上からは相も変わらず白い塊が降りしきり、校庭を転々と汚していた。
最初に遠目から見たときは、雪かと思ったのだ。一瞬不覚にも浮かれてしまったことも、仕方ない、認めよう。
今朝は校舎の窓に結露がつく程度には冷え込んでいたし、季節は厳冬の直中と言って申し分ない。例年よりは早いが初雪なんて可能性もある。
今日はいわゆるクリスマスイブというヤツで、特別な予定もない自身にとってはさほど大きな意味も持たないが(青山、立原、リスト辺りは今日明日にかけて様々な行事が詰め込まれるらしい)(以前日本のクリスマスの適当さについて訊いてみたところ、立原には無教会無集会派という信徒の方もいらっしゃいますから、とほほ笑まれた)(もしかしていつの間にかクリスチャン扱いをされているんだろうか)生徒たちが思い思いに幸せな予定を組んではそれを心待ちにしている、というのは見ていてなかなかに幸福なものだった。
なんだかんだ言いながら、明良のもう片手にはブッシュ・ド・ノエルが存在しているし(気を利かせた上司が持たせてくれたのだ)手首には赤と緑、ツートーンで編まれたブレスレットが納まっている。(こちらは仲のいい生徒たちからのクリスマスプレゼントだ)
なんと言われようとここは日本だ、楽しめるものは楽しむに限る。ホワイトクリスマスだなんてロマンチックじゃないか、神様もなかなか粋な計いをするものだ、と。
しかしながら明らかにおかしいと感じたのは、その雪と思わしき物体が、明らかに局地的な箇所にしか降り落ちていなかったからだった。しかも、落下速度が嫌にはやい。地面に落ちたそれが消えない。雪にしては白が濃すぎる気がする。
確信はその数秒後に訪れた。
「ギャハハ食らえっ豆腐バズーカ!!」
「オラオラ嬉しいだろ!?ホワイトクリスマスだろ!?」
「幸せな恋人同士のクリスマスだとぉぉお!ふざけんなこれみよがしにイチャつきやがって!!」
「その幸せ天誅じゃぁあー!!」
「受けてみよ独り身の怨念っ!」
「むしろ食え!食いやがれ!!」
屋上からは今さら聞き違えようもない、政春含め男子生徒数人の声が響いてくる。上から降って来るのは信じたくもないが、豆腐だったらしい。
下ではベンチに座って歓談でもしていたのだろう、男女が一組、二組、三組ほど悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。既に何人かは豆腐の餌食になったらしく、あたたかそうなコートやマフラー、髪の毛なんかを豆腐まみれにさせている。
食べ物を粗末に扱ってはいけないと習わなかったんだろうか。そもそもこれではまったくの八つ当たりだ。他人の幸せをぶち壊してまでこんなくだらない悪ふざけがしたいのか。
情けない。
一瞬でも認めかけたことがある相手だったからこそ、それはもう余計に腹立たしかったのだ。
なにがMARCHだクソくらえ、こんなバカと同列に扱われてたまるか。
「っ、なにやってんだバカ春!!」
屋上に向かって腹から声を振り絞る。天まで届けと張り上げれば、はるか彼方の上方から、見慣れたあちこちに跳ねた濃紺の短髪が覗いた。
意思の強そうなすこしキツめの目許をすがめてこちらを見下ろした政春は、次の瞬間破顔する。
「おー、明良じゃん!」
「おー、じゃない!お前が!今日!手ずから!俺に書類を持って来いって指定したんだろ!!」
「悪ぃ悪ぃ、ンなカリカリすんなって!お前も混ざるか!?名付けてカップルに素敵なホワイトクリスマス計画!!」
張られた金網越しの政春はそれはもう眩しいほどの笑顔だったけれど。
「マサ、それまんま過ぎるってー「ふざけんな」
腹の奥からふつふつと怒りが沸き上がってくるのがわかった。同時に落胆が心の底の辺りを冷たくさらうのがわかった。
「そうやって他人に迷惑かけて楽しいかよ。先陣きって煽動してんのか?
最低だなお前、見損なった」
ゾッとするほど低い声がこぼれ落ちる。声は真冬の寒気を割って、上へ上へとのぼっていく。
先ほどまで豆腐の猛攻から逃げ惑っていたカップルが、困ったような顔でこちらを見ている。
「そんなんじゃお前の生徒のデキもたかが知れてるな。恋人が居ないクリスマスは無意味か?他人の幸せ踏みにじって、大学生のやることじゃ「じゃあ、」
とどまることを知らない奔流は政春の声音に遮られた。珍しく硬い。俯いた彼の表情は窺えない。
「じゃあお前はクリスマスイブに彼女に二股かけられてフラれた男の気持ちがわかるのかよ」
ガシャン、金網が音を立てて揺れた。
「一月前から予定立てて、欲しがってたプレゼントだって買ってっ!!待ち合わせに来ない相手を三時間街頭で待って、挙げ句メール一通で切られて!!全部台無しにされたんだぞ!?それでもそんな綺麗ごとが言えるってんなら明良、テメェはろくに恋もしたことがねぇんだよ!!」
「っ、」
政春の痛みがまっすぐに胸を貫くのがわかった。焼け付くようなそれに自然眉間がキツく寄る。
言葉を探した。掛ける言葉はなかった。
今この場において、そんなものなんの意味も持たなかった。
「どうなんだよ!なんとか言ってみろ、優等生!!「政春、政、もういいよ……!俺のせいで政が明治の方とケンカすることないよ」
金網越しに噛み付く政春の腕を、小柄な男子生徒がなだめるように引いた。
「すみません、さっきの話、俺なんです。これは俺を慰めようって政春が企画してくれて、「違う!慰めなんかじゃ、「ありがとうマサ、俺すごく楽しかった。でもマサが怒られるのっておかしいよ、マサは悪くないです」
まっすぐな視線がこちらを見ている。
政春によく似た、熱をはらんで、どこまでも綺麗なまなざしだった。
「あ、あたしたちも……その、マサのメーリスで企画に乗ったから、サクラなんです」
「あ、こら、理恵!!」
おずおずと頭から豆腐塗れにさせたセミロングの女の子が手をあげた。
なんなんだこの惨状は。
勝手に裏切られたような気分になって、自分のなかの政春像に明良は思い切り蹴りを入れた。もちろん本人は目の前に居ないから、きっちりこっそり頭の中でだ。
綺麗な亀裂を縦横に入れて、脆くも粉々になった政春(想像)をもう一度靴底でしっかりと踏みつぶし、粉末状にまで持ち込んだところで明良の脳内完全犯罪はようやく作戦終了した。
最後の仕上げに北風に乗せて、吸った空気ごと流しておく。一度くらい土に還ってゼロから出直せば、こいつのバカも少しはマシになるんじゃないだろうか。
なんだかんだ言いながら、自分はそれなりに政春の人格……いや、校格か、を買っていたのだということに気がついて、明良は内心歯がみした。なんとなくそれを認めるのも、悔しい。自分が気にかけるべきは政春ではなく、断じてCHARMだなんだと言い張るあのバカではなく早太だ。
手のなかでぐしゃりと音を立てて書類が、それなりに重要なリバティタワーの設計図(この建物はつい最近明良が造ったもので、それに比例して身長が少し伸びた。政春が見たい見たいと駄々をこねたから今回こうして手ずから持ってきたわけだ)が袋ごと歪んだような気もしたけれど、それには気付かないことにする。
頭上からは相も変わらず白い塊が降りしきり、校庭を転々と汚していた。
最初に遠目から見たときは、雪かと思ったのだ。一瞬不覚にも浮かれてしまったことも、仕方ない、認めよう。
今朝は校舎の窓に結露がつく程度には冷え込んでいたし、季節は厳冬の直中と言って申し分ない。例年よりは早いが初雪なんて可能性もある。
今日はいわゆるクリスマスイブというヤツで、特別な予定もない自身にとってはさほど大きな意味も持たないが(青山、立原、リスト辺りは今日明日にかけて様々な行事が詰め込まれるらしい)(以前日本のクリスマスの適当さについて訊いてみたところ、立原には無教会無集会派という信徒の方もいらっしゃいますから、とほほ笑まれた)(もしかしていつの間にかクリスチャン扱いをされているんだろうか)生徒たちが思い思いに幸せな予定を組んではそれを心待ちにしている、というのは見ていてなかなかに幸福なものだった。
なんだかんだ言いながら、明良のもう片手にはブッシュ・ド・ノエルが存在しているし(気を利かせた上司が持たせてくれたのだ)手首には赤と緑、ツートーンで編まれたブレスレットが納まっている。(こちらは仲のいい生徒たちからのクリスマスプレゼントだ)
なんと言われようとここは日本だ、楽しめるものは楽しむに限る。ホワイトクリスマスだなんてロマンチックじゃないか、神様もなかなか粋な計いをするものだ、と。
しかしながら明らかにおかしいと感じたのは、その雪と思わしき物体が、明らかに局地的な箇所にしか降り落ちていなかったからだった。しかも、落下速度が嫌にはやい。地面に落ちたそれが消えない。雪にしては白が濃すぎる気がする。
確信はその数秒後に訪れた。
「ギャハハ食らえっ豆腐バズーカ!!」
「オラオラ嬉しいだろ!?ホワイトクリスマスだろ!?」
「幸せな恋人同士のクリスマスだとぉぉお!ふざけんなこれみよがしにイチャつきやがって!!」
「その幸せ天誅じゃぁあー!!」
「受けてみよ独り身の怨念っ!」
「むしろ食え!食いやがれ!!」
屋上からは今さら聞き違えようもない、政春含め男子生徒数人の声が響いてくる。上から降って来るのは信じたくもないが、豆腐だったらしい。
下ではベンチに座って歓談でもしていたのだろう、男女が一組、二組、三組ほど悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。既に何人かは豆腐の餌食になったらしく、あたたかそうなコートやマフラー、髪の毛なんかを豆腐まみれにさせている。
食べ物を粗末に扱ってはいけないと習わなかったんだろうか。そもそもこれではまったくの八つ当たりだ。他人の幸せをぶち壊してまでこんなくだらない悪ふざけがしたいのか。
情けない。
一瞬でも認めかけたことがある相手だったからこそ、それはもう余計に腹立たしかったのだ。
なにがMARCHだクソくらえ、こんなバカと同列に扱われてたまるか。
「っ、なにやってんだバカ春!!」
屋上に向かって腹から声を振り絞る。天まで届けと張り上げれば、はるか彼方の上方から、見慣れたあちこちに跳ねた濃紺の短髪が覗いた。
意思の強そうなすこしキツめの目許をすがめてこちらを見下ろした政春は、次の瞬間破顔する。
「おー、明良じゃん!」
「おー、じゃない!お前が!今日!手ずから!俺に書類を持って来いって指定したんだろ!!」
「悪ぃ悪ぃ、ンなカリカリすんなって!お前も混ざるか!?名付けてカップルに素敵なホワイトクリスマス計画!!」
張られた金網越しの政春はそれはもう眩しいほどの笑顔だったけれど。
「マサ、それまんま過ぎるってー「ふざけんな」
腹の奥からふつふつと怒りが沸き上がってくるのがわかった。同時に落胆が心の底の辺りを冷たくさらうのがわかった。
「そうやって他人に迷惑かけて楽しいかよ。先陣きって煽動してんのか?
最低だなお前、見損なった」
ゾッとするほど低い声がこぼれ落ちる。声は真冬の寒気を割って、上へ上へとのぼっていく。
先ほどまで豆腐の猛攻から逃げ惑っていたカップルが、困ったような顔でこちらを見ている。
「そんなんじゃお前の生徒のデキもたかが知れてるな。恋人が居ないクリスマスは無意味か?他人の幸せ踏みにじって、大学生のやることじゃ「じゃあ、」
とどまることを知らない奔流は政春の声音に遮られた。珍しく硬い。俯いた彼の表情は窺えない。
「じゃあお前はクリスマスイブに彼女に二股かけられてフラれた男の気持ちがわかるのかよ」
ガシャン、金網が音を立てて揺れた。
「一月前から予定立てて、欲しがってたプレゼントだって買ってっ!!待ち合わせに来ない相手を三時間街頭で待って、挙げ句メール一通で切られて!!全部台無しにされたんだぞ!?それでもそんな綺麗ごとが言えるってんなら明良、テメェはろくに恋もしたことがねぇんだよ!!」
「っ、」
政春の痛みがまっすぐに胸を貫くのがわかった。焼け付くようなそれに自然眉間がキツく寄る。
言葉を探した。掛ける言葉はなかった。
今この場において、そんなものなんの意味も持たなかった。
「どうなんだよ!なんとか言ってみろ、優等生!!「政春、政、もういいよ……!俺のせいで政が明治の方とケンカすることないよ」
金網越しに噛み付く政春の腕を、小柄な男子生徒がなだめるように引いた。
「すみません、さっきの話、俺なんです。これは俺を慰めようって政春が企画してくれて、「違う!慰めなんかじゃ、「ありがとうマサ、俺すごく楽しかった。でもマサが怒られるのっておかしいよ、マサは悪くないです」
まっすぐな視線がこちらを見ている。
政春によく似た、熱をはらんで、どこまでも綺麗なまなざしだった。
「あ、あたしたちも……その、マサのメーリスで企画に乗ったから、サクラなんです」
「あ、こら、理恵!!」
おずおずと頭から豆腐塗れにさせたセミロングの女の子が手をあげた。
作品名:ビーンカード・ウォーズ 作家名:梵ジョー