理由
理由
雪が降る。
いつまでも、いつまでも、いつまでも。
白い世界の中で、俺の存在は、ただの黒い染みに過ぎない。
人間の価値などそんなものだ。
だからこそ愛おしいと思うし、だからこそ簡単に切り捨てられる。
ただひとつの存在を除いて。
指の腹で、ナイフの刃の背を何度も撫でる。
寒さで悴んだ手は、もはや冷えた金属さえ熱を孕んでいるように錯覚させる。
もう、何時間ここに立ち続けただろう。
明るかった空が分厚い雲に覆われ、真っ白な雪が降り注ぎ、この池袋の街を銀色に染め上げるくらいの時間は、ゆうに過ごしている。
頭にも、肩にも、雪が降り積もっていたが、最早振り払うのも億劫だ。
俺は待ち続けている。
何を。誰を。
疑問が胸を掠めるが、黙殺する。
俺は、人間を愛している。
男も女も、年齢も種族も越えて。
人間という生き物を、平等に、愛している。
それが俺の生き方だった。
どんな人間だって愛する自信があった。
それを粉々に砕いていった男がいる。
平和島静雄。
池袋の歩く自動喧嘩人形の異名を持つ男。
出会ったあの日、俺は彼を愛した。
だが、彼は俺を愛さなかった。
理屈も、言葉も、彼の前では翳んだ。意味も何も持たなかった。
それが酷く恐ろしく、そして俺は彼を憎んだ。
彼は化け物だ。
人間じゃない。
だから愛さない。
それは彼を愛さない免罪符だった。
だが、彼の存在は日々、俺の中で大きくなっていくばかりだ。
こんなのは俺じゃない。
殺してやる、殺してやる、殺してやる。
居なくなれ。
この世から、消えて無くなってしまえばいい。
そうすれば俺は、俺で居られる。
もう苦しまなくて良い。
胸の奥溢れ出る、甘ったるくて吐き気がするような感情を、もう感じなくて済むのなら。
殺してやる。
だから、俺は待っている。
彼が俺を殺しにくるのを、ずっと、ずっと待っている。
雪降る街で。
俺が俺であるために。
俺は君を殺す。
※次ページで言い訳など→