今夜月の見える丘に
「湯川」
顔を上げて、草薙は湯川を真っ直ぐに凝視める。
もう俯いたりはしない。
これから先、何があっても、今夜のことを思い出せば、心を折らずに生きていけそうな気がする。
「俺は……」
だが、湯川は静かに首を振って、草薙を押し止めた。
「折角の綺麗な夜だ……もう少し、こうしていよう」
草薙は頷くと、言葉の代わりに、湯川の手に己の手を重ね合わせて、軽く握り締めた。
ひどく幸せな気分だった。
柔らかな風が、丘の上から木々の梢を吹き渡っていく。
月は飽くまで明るく優しく、2人の影を照らし出していた。(完)