今夜月の見える丘に
その穏やかな、しかし、微かに濡れているような瞳に吸い込まれそうになって、草薙は俯く。
「湯川……俺は……」
湯川の嫌いな人間という存在の中に、自分は含まれているのか。そう訊きたかった。
だが、怖い。もし、あっさりと頷かれてしまったら、もう湯川の顔は見られない。
そう思うと、喉の奥に何かが詰まったようになって、声が出なかった。
月の光が深々と、2人の上に降り注ぐ。その時、湯川がふ、と微笑った。
「――馬鹿だな、草薙は」
静かな声が、草薙の鼓膜を揺らす。
「僕はそんなに器用じゃない。特に、嫌いな何かと相対して、平静で居られるほどには、ね」
草薙の手を柔らかく振り解いて、湯川は再び天を仰ぐ。
「確かに君は、僕を表に引っ張り出して振り回す、僕にとって、とても厄介な存在であることに違いない。君はよく笑う、時には僕の考えの及ばないところで酷く傷ついて、直ぐに怒る――それは僕にはない、とても人間くさい部分だ。それは僕を苛立たせたりすることもあるが、僕は君を嫌いじゃない。それとも、もっとはっきり言わないと駄目なのか?」
そして、草薙は、この気難しい物理学者の『嫌いじゃない』という言葉の裏に隠された意味に気づく。
途端に、彼は耳まで真っ赤になった。
心臓の鼓動が、湯川に聞こえてしまうのではないか、と思うほど、大きく、高くなる。