二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
ネイビーブルー
ネイビーブルー
novelistID. 4038
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ヤマト

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
春の日差しは温かい。縁側に座り、膝の上で眠ってしまった少女の髪を撫でながら、男はほっと息をついた。
 可愛らしいおかっぱの少女はすやすやと眠っている。彼女との付き合いも随分長い。少女の赤丹色の着物の裾を枕にして、一匹の黒猫がこれまた穏やかな寝息を立てている。
 平和だと思った。空は高く透き通っていて、どこまでも青い。あの悪夢のような黒い空も、大量発生したおかしな鳥のようなものも、今は無い。
 広い家の中には人の気配がしない。男のほかにはこの少女と猫と、数匹だけひっそりと生き残っているものたちだけ。あとは夜をも照らす明るい光の中、どこかへ消えてしまった。いや、消えてしまったのではなく、限られた人間にしか見えないだけで、彼らはまだ確かに存在しているのだろう。……そう思いたい。少女と猫だって、もう、もう一人の同居人には姿が見えなくなってしまったけれども、存在はしているのだから。
 今は、そのもう一人の同居人である彼はいない。確か、外国の誰かと話し合いだと言っていたか。……昔はどちらかといえば守るべき存在だったはずの彼に、今は守られている。
 現在の「国」としての行動は、すべて彼が行っていた。昔は二人で一人の「日本」という存在を演じていたのだが、戦争が終わると同時に彼は家の中から出なくなった。いや、出られなくなったと言うべきか。ぼろぼろに傷ついた男を、もうやめてくださいと涙を流して家の中へ閉じ込めた彼。彼は今、一人で「日本」を演じている。自分がもう大丈夫だと言っても、けして外へ出そうとしなかった。疲れている彼の変わりにこっそり出ようとすると、決まって彼は唇を噛みしめた。あなたはいつも無茶をするからと絞り出すような声で言われると、何も言えなくなってしまうのだ。
「主、淋しいの」
 いつの間に起きていたのか、膝の上の少女がぱっちりと黒い瞳を開けていた。歳に似合わぬ大人びた声。自分もそうだが、彼女もまた中身はいくつかわからない。いつの間にかこの家にいて、以来自分を「主」と呼ぶ。
 少女の声に猫もおきて、ふるふると身体を震わせた。艶やかな黒い毛並みが日の光に輝く。金色の瞳は昔から変わらない。この子も少女と同じくらいの付き合いなのだ。
「いきなり何をいうさ。せっかく気持ちよく寝ていたのに、お前がしゃべるから起きてしまったじゃないの」
 ちょこんと座りなおして、猫が鬱陶しげに言った。少女がむっと口を尖らせる。
「化け猫は黙ってて。私は主に話しかけているの」
「あるじ、あるじって煩いんだよ。あたしの睡眠を妨げるから悪いんだわさ。お前に化け猫なんて呼ばれたくないね、小童の癖に」
「こ、小童って何よう。私はたしかに座敷わらしだけど、あなたと年齢は同じなんだからね!」
 膝の上で言い合いをはじめた二人の頭を困ったようになで、男はしかし何も言わなかった。少女と猫の仲が悪いのは、今更である。下手に口を挟むと、痛い目を見るのはこっちだ。……そういえば昔、自分と韓国が喧嘩をしていたとき、中国も傍観していたなと思い出して少しおかしくなった。
 やがて少女との口論にも飽きたのか、猫はふいとそっぽを向き、庭へ出て行ってしまった。それをじっと見ていた少女は、猫が行ってしまうと思い出したように男の顔を覗き込む。
「主、最近元気ないの」
 出し抜けにそんな事を言った。付き合いが長い彼女には、男の考えなどお見通しなのだろう。あるいは妖怪であるからこそ、人の気持ちに敏感なのかもしれない。少女の髪を慈しむように撫でながら、男は小さく言った。
「することが無くなって、気が抜けてしまっただけですよ。私は大丈夫です」
 その言葉に少女は悲しげに眉を寄せた。けれど何も言わず、きゅっと縋りつくように男の着物を握る。元々細かった男だが、筋肉が落ちた分本当の骨と皮になっていた。
「私、主様の考えてること、わからない」
 主様、と彼女は言った。彼女の中でどう使い分けているのかは知らないが、彼女は男のことは「あるじ」、彼のことは「ぬしさま」と呼ぶ。一方猫は男のことを「先主」、彼のことを「当主」と呼んでいた。それも彼女には気に入らないことらしいが。余談だが、彼女は男が彼の事を「日本」と呼ぶのも嫌がっていた。男が「日本」では無くなることを恐れているのだろうか。
「主様はとても怖がっているの。主がいなくなってしまうんじゃないかって、怖くて仕方が無いの」
 腕の中の小さなぬくもりを抱えて、男は彼の小さかったころを思い出した。同じときに生まれたから、同じように成長した。小さな彼を抱えたことは無い。
 ……もしあの時自分の身体が大きければ、このようにして抱いてやることも出来たのではないかと思う。寄り添うように生きてきた。京にいた彼に比べて、東にいた自分のほうが、少しばかり武術は得意だった。だからあのころはまだ、自分が彼を守ってやれていたのだ。
「でもね、だからといって、主を家に閉じ込めておくのは間違ってる。外の人は、もうほとんど誰も、主のことを知らないんでしょう?」
「最初から誰も知らないですよ、中国さん以外は。私と彼で一人の日本でしたから」
「……でも……」
「私はね、閉じ込められているわけではないんですよ」
 優しい子、と男はまた少女の髪を撫でた。たっぷりとした艶やかな髪の下で、黒い瞳が揺れる。
「彼が私に家にいて欲しいというから、ここで待っているだけですよ」
「でも、主様は主が少しでも外に出るのを嫌がるじゃない」
「不安になるんでしょうね」
 少し遠い目をして、男はまた昔を思い出した。あのころ中国はなんと名乗っていたか。いくらかの国民と一緒に、遣唐使などとして彼の元へ通ったときもあった。
 科学技術が発達した今からは想像できないほどに過酷な旅だった。ぼろぼろになって帰るたびに彼は悲しそうな顔をして、けれども自分は一度たりとも彼を行かせようとはしなかった。いつも、国内は任せますよと言って、彼を置いて向かった。
 それが逆転しただけのこと。
 自分はあのころ怖かったのだ。彼が自分の手をすり抜けて、他の誰かのところへ行くのが怖かった。それと同じだ。
 一つの国に二人居るという事は、無い事ではない。あのイタリア兄弟だって、「イタリア」という一つの国に、「ロマーノ」という兄と「ヴェネチアーノ」という弟が存在する。だが男と彼の関係は、イタリア兄弟のそれとは大きく異なっていた。イタリア兄弟は、個が確立している。性格も全然違う、もはや別の国のようだ。日本とは違う。日本は二人で一人だった。そう名乗っていただけではなく、今でも気持ちはそうだ。私、あなた。それらはお互いを呼ぶときの記号でしかない。彼は時に自分のことのように男を話し、男は彼のことを「私は」と話した。それが自然で、誰も疑わなかったからこそ、二人一役が出来ていたのかもしれない。
 しかしそんな二人を見て、中国はいつも痛そうな顔をしていた。中国も初めは男と彼が別々だとは思っていなかったようだ。最初に中国に会ったのは男だった。幼かったあのころ、目的があったとはいえ、随分失礼な挨拶をしたなと内心苦笑する。
 漢字を教わったのは男、平仮名を作ったのは彼。中国に会いに行くのは男で、中国が来たときに対応したのは彼だった。
作品名:ヤマト 作家名:ネイビーブルー