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ネイビーブルー
ネイビーブルー
novelistID. 4038
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ヤマトと妖怪と眉毛

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同盟を結んだとき以来、イギリスはちょくちょく日本の家に訪れていた。イギリスと日本は遠く、長旅になるため、そのほとんどは泊まりだ。つまり、イギリスはこれまでにも何度か日本の家に泊まったことがある。
 彼の家には随分大勢が住んでいて、それは今はもう去ってしまったあの河童たちだったり、騒がしい童女や童子だったりはたまた冬の間だけ見ることが出来る美女だったり、小豆を磨ぐのが趣味である(見ると必ず磨いでいる)老人であったり、夜中にやってきて枕をひっくり返す小鬼だったりする。
 日本に問うといつも可笑しな顔をされるのは、彼がもう、彼らを見ることが出来ないからだろう。出会った日、それは同時に分かれた日でもあるが、寂しそうにそう語った河童の顔は未だに覚えている。自分の家に帰った後も、周りにいた妖精たちにその話をしながら、いずれ彼らも消えてしまうことがあるのかと感傷に浸ったものだった。妖精たちは顔を見合わせながら、私たちは大丈夫よと、沈むイギリスを慰めてくれた。
 そんなものだから、その後日本の家を訪れたときも、たまたま彼らに出くわしても日本がおかしく思わない程度の反応にとどめておいたし、風呂で会うこともあれ以来無かった。しかし行く度に目にする数が減っているのは、河童たちのように山に引っ込んでしまったのだろうか。一抹の寂しさを覚えつつ、今回行ったらどれだけに会えるだろうと思いながらもまた日本を訪れた。

 いつものように、簡単に観光をしてから彼の家へ。お風呂をどうぞと言われて向かった先には、しかし思ってもみなかった光景が広がっていた。
 日本の風呂は広い。露天なので、月下の入浴が出来る。夜なのでもちろん暗いのだが、月明かりがあれば何とか入浴はできた。
 しかし今は、驚くほど明るかった。
 その原因は、風呂場の周りを取り囲むようにして浮かぶ火の玉だ。赤いもの、青いもの、緑のもの。浮遊するその光の玉は、まるで生きているように軽やかに動いている。
 そして風呂の中にも、すでに多くの先客がいた。イギリスが思わず固まると、その中の一人が振り返り、「おお!」と大きな声を上げた。
「誰かと思ったらイギリスの旦那じゃなねぇですかい」
 見覚えのある緑の肌。大きなくちばしに、頭の皿。
「お前、あのときの!」
 一番最初に言葉を交わした物の怪、河童だ。河童は懐かしさを前面に押し出した表情で、にっこりと笑った。
「懐かしいな、山に帰ったんじゃなかったのか」
「へへっ、一時帰宅でさぁ。呼んでいただいたものでねぇ」
「呼んで?」
 日本はもう、彼らと言葉が交わせない。ならば呼んだとは誰に呼ばれたのか。この家に、他に人間はいただろうか?
 不思議に思い首をひねると、河童はそれを察したようで、「この方に、でさぁ」と右隣の人物を示した。夜の闇より黒い髪、それよりさらに黒い二つの瞳。見覚えのあるその顔に、イギリスは素っ頓狂な声を上げる。
「日本!? なんで」
 彼は台所に居るはずなのに。
「あなたの仰る『日本』様ではありませぬ」
 答えたのは河童の向かい側、日本らしき人物の右側にいたものだった。
「あ、お前も昔に見た」
「天狗と申します」
 低く張りのある声は、怒鳴ればさぞ恐ろしかろう。赤ら顔に長い鼻、その強面に似合わぬ笑みを浮かべて彼は言った。
「我が国の方ではないが、河童が一度言葉を交わしたと聞きまして、それ以来お話したく思っていました」
「あ、ああ」
 頭を軽く下げられ、イギリスは同じように控えめに頭を下げた。
「それで、誰なんだお前?」
 また、見知ったはずの男の方を向いて訝しげに眉を寄せると、「それより旦那、浸かってくだせぇ」と河童が言った。
「体が冷えちまいますぜ」
「あ、ああ」
 日本に似た人物の視線を感じながら、なんとなく居心地の悪さを覚えつつイギリスは湯に浸かった。暖かい。
 イギリスが肩まで入ったところで、正体不明の男が口を開いた。
「『日本』としてではなく、『私』としてははじめまして、とでも言うべきなのでしょうか。――はじめまして、私は、そうですね――特に名前はないのですが、今は古代の名称を借りて『大和』とでも名乗っておきましょうか」
 声、話し方、どれも日本にそっくりだった。こんな格好で申し訳ありませんと頭を下げるその仕草まで。
「大和?」
「はい、大和とは、日本の古称です。倭とも書きますね。私自身は、英吉利さんとは、何度か『日本』としてお会いしています」
 男は一度言葉を切って、小さくため息をついた。
「よく分からないんだが……お前は日本じゃなくて、でも俺とは初対面じゃないのか?」
「ええ。今は彼が一人で『日本』をやっていますが、昔は私と彼の二人で『日本』を演じていたのです。そのほとんどは、彼が国内、私が国外といった役割分担でしたが」
 そういえば、とイギリスは思い出した。昔、なんとなく日本に違和感を感じたことがあった。会うと、時々なんとなく「違う」と思ったのだ。その理由は分からなかったのだが、今分かった気がする。そういうことだったのか。
 たいした名優ぶりだ。ばれずにそれを何百年も続けるとは。
「大和、か」
「ええ。まあ、でもそれは仮の名称なので、なんと呼んでいただいても構いません」
 男の表情は変わらないが、声がうっすらと和らいだ。
 河童が言う。
「この方もねぇ、ずっとこの家に住んでるんでさぁ」
「でも、今日はじめて会ったぞ」
 日本が紹介しなかったのは二人一役をやっていたからだろうが、それにしても気配すらしなかった。
「普段、私は家の奥深くに居ますからね」
 男は静かに言った。
「もう、私にはやることが何も無いのですよ。ただ家の奥で、ひっそりと物の怪たちの相手でもしているしか」
「だってお前、日本と二人で『日本』なんじゃ」
「それは少し前までの話です」
 ぴしゃりとはねつけるように男は言った。言葉遣いなどは日本とそっくりなのに、彼には何か、無骨さとでも称すればいいのだろうか、日本には無い硬さが存在する。
「いわば私は過去の遺物――今は私は居ないも同然なのですよ。あなたも日本がこの子達の存在を忘れているのは知っているでしょう?」
「ああ」
「同じです。今や彼には、私の姿が見えません。声も聞こえません」
 イギリスは息を呑んだ。淡々と述べる男の顔を火の玉が照らす。表情は無い。
「それどころか、彼は私がいたことすら覚えていません。――私はもう、存在していないも同じなのです」
 今人型を保っていられるのが不思議なほどですと彼は言って、またため息をついた。
 イギリスはうろたえた。男の言っていることが、分かるのだが分からない。
「日本には見えないって……なんで」
「さあ。ただ私は今の世にはふさわしくない、時代錯誤な人間ですから。そうですね、今の世の中に侍が居ないのと一緒ですよ」
 現代には生きていけないものだとでも言うのか。日本の顔をして、そんなことを言われるのは酷く可笑しな気分だった。
「今日は、無理を言って河童と天狗に来ていただいたんです。たまに寂しくなるものですから。そうしたらどこから聞きつけたのか、火の玉たちも出てきてくれて……すみませんね、入浴の邪魔をしてしまって」
「いや、全然邪魔なんかじゃ」