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茜さす叙情

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 すっと目を細めて変わらぬ笑みを口元に飾って、臨也はごく自然に手当てを受けていないほうの腕をこちらに伸ばす。
 俺は先程と同じように、まっすぐその瞳を見つめ返した。何も言わずに、ただ。
 臨也の瞳は変わらず探るようだった。俺の中から何かを引き出して、それを奪い取ってやろうとする瞳だった。最初から今まで、何度となく見られ、同時に見続けた男の眼。
 のばされた手が影を作り、俺達二人の影絵をゆがませる。それは何かをつかむ様な動作をしたけれども、結局なにも起こすことなく、元通りにおろされた。
「ジョーダンだよ、冗談!」
 臨也は大きくため息をつくと、勢いよく椅子の背に体を預けた。ぎぎと床とイスが触れ合う音が響き、巻きかけていた包帯が少しだけずれた。
 そして、降参と先程まで伸ばしていた片手をあげながら、大げさに肩を下げた。
 また、一寸の沈黙。いつも淀みなく口を動かす臨也が喋らないと、ひどく静かに思えた。
 臨也はこちらをちらと見たかと思うと、「ドタチンは読めないから苦手だよ」とそっぽを向いて小さくこぼした。
 夕日がいよいよ教室を焼きつくす。赤く赤く、その真っ白な包帯が同じ色になってしまうくらいに。その横顔を瞳と同じように、赤く染め上げる。
 俺は包帯をテープで留めながら「お前に言われたくねぇよ」と同じように小さく呟いた。

「ありがと、助かったよ」
 包帯が巻かれ終わり、それがしっかりと自分の腕についていることを確認した臨也は、来た時と同じように手をひらひらと振って教室を後にする。
 またね、そうやって目を細めてこの場から消えていく――やはり感情の読めない面と瞳で。俺はその背に「あぁ」と短く声をかけて見送った。
 たったひとり、居なくなっただけだってのに、教室が随分と広く思えた。その広い部屋の中でやり取りを思い出す。
 俺は、どうして臨也が何度も平和島静雄と対峙するかなんて知らないし、何でこうやって臨也の手当なんてしてやっているのかよくわからない。口にした、心配だという言葉はけして嘘ではない。
 だけれど、そうやってこの口から同じようにでてきた言葉の意味だったり、臨也の冗談の意味をわかりたいとは思わない。
 俺は長い溜息をつきながら、手元の救急箱に視線をやる。始めはこんなものがなくて、絆創膏を用意し、消毒液を用意し、包帯を用意し…気付けばこの小さな箱にある程度の物が全て入ってしまっていた。そしてそれらは半分以上一度は買い直している。
「なに、やってんだろうな」
 呟きは、誰にも拾われることなくこぼれおちるだけだった。
 その代わりかのように、下校を告げるアナウンスとチャイムが空しく響いた。
 残ったのは赤い部屋、残されたのは俺一人。焼きつくされた教室に響いていた虚ろ会話はもうない。
 燃やしつくされた部屋から感情を探すのは難しい。そうである、はずだ。だというのに、そこかしこに散らばっているような気がしてならない。
 俺は静かに救急箱のふたを閉めてロッカーの中にしまった。
 そして、鞄を背負いまるで何もなかったかのように、同じく教室を後にした。
 
 もう外は真っ暗で、あの赤はどこにも姿を見せていない。
 焼きつくされて誰もいなくなった教室には、今もただ消毒液の臭いがのこってるのだろう。
 まるであそこだけ、夕方みたいに。
作品名:茜さす叙情 作家名:いとり