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田中さん(仮)

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熱を出すと、まず喉に来る。そして熱が出て動けなくなる。
力の加減がいつもよりできなくなって、それとともに精神力が弱くなる。
子供の頃はよく思ったものだった。誰かいてそばにいて。
―――今はそんなこと意識しやしないが。

しかし高校時代から、熱を出して家にだれもいないと、俺のもとにやってくる人がいる。
まったくの幻覚なのだが彼は中学時代の先輩であり、現在の俺の仕事の上司であり、一応つきあっていたりもするトムさんの恰好をしている。
現実のトムさんと区別するため、仮に田中さん(仮)と呼ぶ。

田中さん(仮)は、いつの間にか、熱を出した俺の部屋にいことが多い。無口で、何も話さない。
初めて俺の前に現れたとき中学時代ほぼそのままの「田中先輩」の姿をしていた彼は、そのまま順調に成長した。中学時代そのままに年をとっていったので、今も髪はドレッドではないし、現実のトムさんがたまに見せるような凄みもない。またエロくもない。それでも眼鏡とその奥のやさしい光、というのは変わらない。
基本装備はりんごだ。
俺の住む家には常にりんごがある。
親と暮らしているときは母方のじいさんから送られ、一人暮らしをはじめてからは、定期的に母親から詰め合わせがやって来る。
特に形が良かったりするものではないが、いつも十分甘いそれを田中さん(仮)は何も言わずに剥いてくれる。
喉が痛くて声を出すことができなくなる俺の枕元にそれを置いて俺が食べるのを見届けると、黙って微笑んで、大きな手で頭をなでてくれる。
現実は今や俺の手の方が手のサイズはデカいと思うのだが、そういう問題ではない。包容力というやつだ。さすがトムさんだ。いや田中さん(仮)だが。

俺はいつも安心して眠ってしまい、田中さん(仮)はいつしか消えている。
翌朝すっかり元気になって確認しに行くと、りんごはダンボールからひとつ減っているのだった。次の日まで熱が続くことはない。

謎だ。

しかし俺はこのことを誰にも言ったことがない。
どれだけ馬鹿にされるか想像もできないノミ蟲は元より、新羅にも門田にも言ったことがないし、幽にも言ったことがない。
当たり前だ。恥ずかしいし、悪くしたら心配かけるし、何よりトムさんが生きてるのに田中さん(仮)ってなんなんだ。
失礼じゃないか。
それも勝手にりんごをむかせて、看病させるなんて死んでも詫びきれない。

それでも、何度、助けられたことだろうか。
あまり大きな声で言えたことではないが、熱を出すと不安になるものだ。
それを田中さん(仮)は何度も助けてくれたのだ。
ひんやりした手、りんご。プライスレス。

「・・・ッくしょん!!!」

そして今日も23歳一人暮らしの俺のもとに田中さん(仮)はやってきた。
仕事は休みだ。俺は今日になるまで「なんかおかしいかな」くらいしか思ってなかったのだが、トムさんは昨日のうちに俺の具合が悪いことを見抜いて、今日の予定を休みに変更した。実際家で計るともう熱は高かった。
社会人とはいえ、週単位で帳尻があえばいい、というのがトムさんと、トムさんの上の社長の意向だ。滅多に休みはしないが優遇してもらっていると自分でも思う。
ともあれ、そういう理由で休みになった俺は朝一にメールを確認しようとしたときにくしゃみをしたはずみに携帯をぶっ壊し、今に至る。連絡は取れないが明日普通に仕事に行けばいいので、問題ない。
少し寝て、頭がぼーっとする中ゆるく目を開けると、目線の端に田中さん(仮)がいるのがわかった。いつもの田中さん(仮)である。
そしていつものように無言で世界がすぎていく、と思った瞬間それは起こった。

インターホンが鳴った。固まったのは俺だけではない、田中さん(仮)もだ。
田中さん(仮)も驚いたように玄関の方を見ている。来客の予定はない。宅配便ならこのまま過ぎていくのを待てばいい。しかしそれではすまなかった。
少ししてがちゃん、とドアが開く音がした。
合鍵を---いや、何かあったときのためとかそういうわけだとお互い納得しているのだが、合鍵を持っているのはトムさんだけだ。
マズい。なんでだかわからないがマズい気がした。

「静雄ーー?」

トムさんの声がする。
そして声がするっていっても、俺の家がそんなに広いわけはなくて、玄関から寝ている部屋などあっという間なのである。

作品名:田中さん(仮) 作家名:裏壱