クラウ×フロワード
今回のパーティーにはカルネの作為があるような気がしてならない。こんなところまで連れてきて、俺が紳士じゃなかったらどうするつもりなんだ。
もちろんフロワード相手に普通の相手がかなうとは到底思えないが。クラウだって勝てないかもしれないのだから。
でもやはり心配してしまうのは、惚れたから何だろうなと思った。カルネは心配しないだろうから。以前の自分でもしない。
「あぁ、それと。女性のみ費用負担なしというのは納得いきませんので、今ここでお支払いしようかと思ったのです」
「いらねーって。なんかシオンもカルネも沢山出してきたし・・・」
あの二人はやることが露骨だ。
「他の女の子からも貰ってないから。女の子人数少ないし、それ位の負担なんてなんともねーよ」
「左様ですか・・・」
しぶしぶ、といった様子でフロワードは引っ込んだ。
他人に借りを作るのが嫌なのだろう。しかも損得なしというのが尚更。
フロワードが足を組んだ。
(あー綺麗な足だな畜生・・・)
「ではお言葉に甘えさせて頂きます。この借りはいつか必ずお返ししますから」
「今でも良いぜ」
フロワードの目を見つめてクラウが真剣に言う。あまりにも真摯な目つきだったので、フロワードは言葉よりも目つきに心奪われてしまう。
築いた防波堤がいとも簡単に崩れていく。
胸の高鳴りが押さえきれない。まるで生娘のような反応に、自分自身が一番驚く。
「今・・・とは」
目を伏せてフロワードが尋ねる。途端クラウは慌てふためき前言を撤回した。
「わ、悪い!今の台詞ノーカンノーカン!
クラウはクラウで、好意を寄せる異性に対していつもするのと同じ対応をしてしまう。恋愛に発展させないようにしようと結論づけたばかりなのに。
慌てふためくクラウに、フロワードがくすりと笑う。その微笑みに見とれたクラウに、フロワードは言った。
「今・・・お返しいたします。少しばかりですが・・・」
言うやいなや、至近距離にあったクラウの顔に自分の顔を近づける。唇をほんのり重ね直ぐ離す。
「・・・!!」
驚きに目を見開く。クラウは信じられないという面もちでフロワードをみた。フロワードは一瞬クラウと目を合わせる。しかしすぐに目を逸らした。
クラウはフロワードが何を考えているのか分からなかった。しかし赤く染めた頬と震える体を見て、クラウは胸が痛くなった。
フロワードは立ち上がる。もうクラウを見ることは無かった。
「今日はもう帰ります。・・・長居をして、申し訳御座いませんでした」
らしくねぇぞフロワード。声が震えてる。
クラウは苦しげに顔を歪める。
「今日は楽しかったです。・・・えぇ、楽しいと思ったのは久しぶりです。あなたのお陰ですね、元帥閣下」
フロワードは小さく笑ったようだった。
「では、失礼いたします」
そう改めて言ったフロワードは、もう声も震えていなかった。
クラウは扉が閉まり彼女が出ていくのをただ見送った。
息苦しくて、胸を掻く。そうして今まで自分が息すら止めていたことに気づき激しく息を吸う。
「・・・フロワード」
クラウの声を聴く者は誰もいなかった。
クラウの屋敷を出たフロワードは一人歩いていた。部下達に馬車を出させても良かったのだが、誰かを呼ぶ気も起きず、部下達には先に戻っておくように伝えた。
一人になりたかった。
(・・・くそっ)
フロワードは心の中で悪態を吐く。
あの時、クラウはフロワードを拒絶するかのようにフロワードの体を押した。唇を付ける前の一瞬、大した力ではなかったが確かに拒絶された。
当然だろう。この先の仕事をやりにくくするわけにもいかない。フロワードとて誰かと結婚する気などないし、おそらくクラウも同じだと思う。
・・・嫌われて居る訳ではないと思う。以前はクラウにとってフロワードは嫌悪の対象であったろうが、今は険悪な仲では無い筈だ。そう思いたい。
拒絶されても結ばれなくても、フロワードは自分の意志を優先し、カルネに案内されるままにクラウの部屋に入ったのだ。
フロワードは自分の唇に指を這わす。
心臓は痛いほど動いているのに、頭は同じ様には動いてくれない。顔は熱を持っているのに心は少し冷たかった。
拒絶されて悲しかった。でも拒絶してくれてほっとした。
相反する心を抱えるなんて初めてのことで、フロワードは吐き出せない感情に苦しんだ。
叶える事は出来ないと、自分の心に言い聞かせる。
・・・それでも貴方に逢いたい。
出来得るならば、貴方と共にいたい。
フロワードは後ろを振り向いた。
重い足はあまり進まなかったようで、まだクラウの屋敷が目で確認できる。
フロワードは立ち尽くしてしまう。側にあった木に寄りかかり、ずるずるとしゃがみ込む。ドレスが土で汚れてしまうが、そんな事は気にもならない。
座り込んだのはいいのだが、頭の中が空っぽになってしまったようで何も考えられない。何もしないのなら座っていても無駄だ。立ち上がって歩こうとするが、虚無感に苛まれなかなか力が湧いてこない。
(何がしたいんだ、私は・・・)
やっとの思いで立ち上がる。木にはまだ寄りかかったままで歩く気にはなれなかった。
クラウの屋敷を見上げて溜息をつく。
(未練がましい)
フロワードは自分で自分に呆れた。自分はここまで弱かったのか?こんな些事に取り乱されるような脆い女だったか?目的を忘れて感情に振り回される愚か者だったのか?
フロワードは自嘲した。
(・・・帰ろう)
フロワードは名残惜しそうに寄りかかっていた木から離れた。
先程より速いペースで足を動かす。何も考えず、ただ感情を殺して。
「本当にそれでいいのかよ」
声が聞こえた気がした。フロワードはうっかり立ち止まりそうになるが、何とか踏みとどまる。しかし足を進めるスピードは遅くなってしまい苛ついた。
「えぇ」
「嘘だろ。自分に嘘ついてる。だからそんなに辛そうなんだ」
幻聴はまだ続く。
「自分に素直になれよ。片方しか取れないと思っているから駄目なんだ。両方手に入れることが出来ると、何故思わないんだ」
つい足を止めてしまう。
「なぁフロワード」
“幻聴”はフロワードを呼んだ。その声の響きにフロワードはあらがえない。
フロワードは後ろを振り向きたかった。でも、振り向いてそこにいるのが誰だか解るから、振り向きたくなかった。
「俺は素直になるよ」
後ろから抱きしめられた。フロワードの細い肩を抱きすくめ、フロワードを引き留める。
「だから、お前も素直になれよ。・・・さっきみたいにさ」
クラウはフロワードの肩に顔を埋めた。
再び顔を真っ赤にしたフロワードは、途方に暮れた表情をした。
「・・・閣下・・・私は貴方のように、単純に出来ている訳では無いのです・・・」
「ははっ、大丈夫だ。俺の気楽さうつしてやるから!結構感染するもんなんだぜ?」
フロワードの顔をのぞき込んで、茶目っ気たっぷりに笑うクラウ。子供っぽいのに大人の余裕を漂わせるクラウに、フロワードは心惹かれた。
まごついているフロワードに、クラウは口付けた。突然の行動にフロワードは反応出来ない。