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夏の終わり

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「……ああ……、俺の貴重な最後の夏休みもこれで終わりか……。
 海にも行けず、どこにも行けねェし、暇もねェからナンパも出来ず……せっかくの夏休みなのに、ナンパしたオネェチャンと一夏の体験なんてこともなく、せっかくの長期休みがほとんど潰れちまったし、……ああ……俺の夏休みもこのバカに付き合って終わっちまうのか……。」

 焔は手にした棒つきアイスに視線を向けてからわざとらしく溜め息を吐いた。そしてその際にちらりと隣にいる京一に恨みがましい視線を向けることを忘れない。

「……ひーちゃん……なんかすげぇ嫌味ッぽく聞こえるぞ。」

「あん?嫌味っぽいじゃなく実際に嫌味だからな。」

 じと目で見つめながら言ってきた京一の台詞にそうきっぱりと言い返して、焔は手の中のアイスを一口齧った。

 この夏休みは高校生活最後の夏休みだった。

まだ進学するか就職するかは決めていなかったのだが、もし大学に進まなければきっと最後だろう1ヶ月以上の長い休みであることは確かで。
だからこそ、焔はこの長い休みを思い切り満喫しようとしていたのだ。
1ヶ月もあるのだから好きに過ごそうと思っていた。
 特にどこに行くという計画はまったくなく、仲間達と遊びに行くという話もなかったのだが、涼しい家の中で普段はのんびりやることが出来ないRPGゲームでもやろうかと買おうかどうか悩んで時間がないからと諦めていたソフトを買い、わずらわしい宿題も遊ぶためにと夏休みに入る前に先に片付け、さぁと思っていたところで京一が泣きついてきたのだ。
おかげで、長い夏休みのほぼ毎日を学校ですごす羽目になった。
 真神に来る前は部活に入っていたためほぼ毎日学校に来ていたのだが、ここに来たときに部活に入ることを諦めていたので、夏休みはほとんど学校に来ることはないと思っていたというのに。
誰が全教科で補習を喰らうという相棒のバカさ加減を想像できるだろうか。
まったく予測できなかったことでせっかくの夏休みをほぼ全て潰されたのだから、嫌味の一つを言ってもバチは当たるまい。
いや、嫌味の一つは言っておかないと気がすまない。
 焔は短く息を吐き出してから京一の顔を睨みつけた。

「そりゃ、夏休みを潰しちまったのは悪かったと思ってるけどよォ。」

「悪いと思ってんだったら誠意くらい見せやがれ。」

「誠意は見せたじゃねェか。」

 いまだ自分の顔を睨みつけている焔の顔を見つめながら溜め息を付くように言葉を吐き出してから、京一は焔の手の中にあるアイスを指差した。
先ほどから焔が齧っていたアイスは京一が焔に奢ったものだった。
夏休みを潰したお詫びのつもりなのだろうか、好きなもんを食えよと奢ってきたものであったが、その金額はたかだか100円で。
100円アイス一つでは夏休みのほぼ毎日を潰された代償にはならないだろう。

「ざけんな、京一。こんなアイス1個で人の貴重な夏休みを潰した代償にするつもりか?」

 あん?と凄みながら焔が京一を睨みつけると京一は深く溜め息を吐きながら、自分の肩を手にした木刀入りの袱紗で数度叩いた。

「ヘイヘイ。じゃぁガッコが始まったら王華のラーメン、奢ればいいか?」

「10日分な。」

 しょうがねェといった態度でそう提案してきた京一の台詞に、焔は語尾が重なるくらいすぐに言葉を続けた。
 王華のラーメンは登下校時の寄り道、買い食いが禁止されているはずの真神の生徒が溜まり場にするほどラーメンの味がよく、金額が手ごろな店だ。
 100円アイスよりは高くつくが、それでも1食分なら財布はそう痛まないから京一もそう言ってきたのだろう。
だが、たかだか1食分のラーメンだけで自分の貴重で、もしかしたら最後の長い夏休みを台無しにされたことをチャラにされてはたまったものではない。
 そう、たまったものではないのだが、京一が本気で貧乏で金がないといつも嘆いていることも知ってはいたので、本当ならば10日分のラーメンどころかそれに餃子と炒飯をつけるかラーメン1か月分と吹っかけようとしたのだが、それは抑えた。
 抑えて10日分と言ったのだが、京一はそれでも不満だったらしい。「

「げェ~。」

と本当に嫌そうに呟いてから焔のほうへと顔を向けた。

「……ひーちゃん……5日分じゃダメか?」

 10日分はきつすぎると思ったらしい京一はそう言いながら、自分の右手を大きく広げて5と提示した。
 焔は手にしていたアイスを一気に食べてしまってから呆れたように溜め息を吐いた。
すでにおおまけにまけてやったと言うのにそれを減らそうとする京一に対して思わず吐息を漏らしてしまったが、焔はその広がったままの京一の手に自分の指を2本くっつけた。

「……1週間分……これ以上はまけないからな。」

 仕方がないとさらに3日減らして1週間と提示すると京一は一瞬嫌そうに顔を顰めて溜め息を吐く。
だが、じろりと焔が睨みつけるとあわてて自分の口元を押さえた。

「しょうがねェな。じゃぁガッコがまた始まったら王華のラーメン1週間な。」

 しょうがねェじゃねぇだろうが!

 京一の物言いに思わず焔は心の中で呟いたが、次の言葉を聞いて思わずその場で固まった。

「しかし、見返りを求められちまうとひーちゃんの愛が感じられねェよな。」

 けたりと笑いながら京一は言ったのだが、焔は固まった体をゆっくりと動かしてから思い切り口を笑いの形に持ち上げた。

「ほほぅ……お前は俺の愛を感じないと。
 せっかくの夏休みに何しようか色々考えて、思いっきり遊び倒すために宿題も休みに入る前に終わらせて、よしいざ遊ぼうとしたときにバカな相棒に泣きつかれてその夏休みを全部潰してまで補習に、……しかも冷房が効いてる図書室にもいかねェで、同じ教室で一緒に付き合ってやった俺の愛を感じないと。 
……お前はそういうことを言うわけだ。」

 まったく笑っていない目で京一を見つめながら、焔はそうかと何度か頷いた。
 愛がないとはどのように考えてそう決めつけているのだろうか。
 焔は何度か頷きながら頭の片隅でそう呟いた。
 何が悲しくて夏休みにまで余計な勉強をしなくてはいけないのだと焔は思っているため、補習を受けないように真面目に授業に出て、テストも赤点を取らないようにしているのだ。ぎりぎりで危ない教科もあるが、真神は34点以下が赤点なので、35点以上取れば問題ないからと、どんなに苦手な教科でもそれ以上は取れるようにしている。
 だから焔はどの教科も補習の対象にはなっていないので、実際は此処に来なくてもいいはずなのだ。
 愛がないなら自分にはまったく関係のない補習などに付き合うはずがない。
 公立高校の、しかも一般教室はエアコンなんて上等なものなどなくて当たり前で、夏になれば窓際の席は外にいるのとまったく変わりないほど日差しが強すぎて干物が出来上がるほど暑い。
そんな中にいるくらいなら1日中冷房の聞いた部屋に篭ってのんびりとゲームをして過ごしたほうが何千倍も幸せだろう。
その幸せを蹴ってまでほど毎日補習だった京一に付き合ったというのに、愛がないというのだろうかこの男は。
 確かに見返りは要求した。
作品名:夏の終わり 作家名:小島泉