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さあ覚悟を決めなよ

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それは小指につながる幸福、君へと伸びる赤い糸。
細くて切れそうな、けれどもずっとそこにある、確かに脈打つ俺の恋。


それは小指につながる引力、貴方へ伸びる赤い糸。
目を逸らすほど目について、離れず存在を主張する、沈んでいくような僕の恋。





「帝人くーん!」
げっ、と素直に顔に出たのを自覚して、帝人は慌てて顔を片手で隠す。いけないいけない、臨也にはあまり、素直に表情を見せてはダメだ。油断をしたらつけこまれる。
振り返った道の向こうから、臨也の黒いコートが翻って走ってくるのが見えた。どこかに逃げようか、と周囲を見回したけれども、逃げて大声で名前を連呼される方がキツイ。何しろここは往来、池袋の大通りだ。
帝人は、ぐっと唇をかみしめ、それからため息を付いて逃亡を諦めた。視界の端で鮮やかに揺れる赤い糸をそっと押さえると、それは臨也の走る歩調にあわせて規則正しく揺れる。
見ないふり、見ないふり。
自己暗示は強く強く。
「やあ帝人君!今日も偶然だね!」
「こんにちは臨也さん。毎日重なる偶然ってどういう事なんでしょうね、じゃあ僕はこれで」
「まあ待って!」
一応挨拶を返し、にこやかに対応までして、そのまま逃げようと踵を返した帝人の手をガシッと掴んで、臨也は胡散臭いことこの上ない笑顔をニッコリと浮かべた。
「つれないなあ、もう少し俺のために時間を割いてくれてもいいんじゃないの?」
ご丁寧に、赤い糸のつながる方の右手を掴んでいるあたりが、確信犯だ。
「・・・残念ですけど、あなたに費やす時間はないんです。バイトしなきゃいけないので」
必死に振り切ろうとする帝人の抵抗など、気にもとめない様子で、臨也は首をかしげてみせる。わざとらしいその仕草、本当にイライラする。
「ねえ帝人君、いい加減に認めればいいじゃない。君にもこれが見えてるんでしょ?君は運命にしたがってもっと俺を知るべきだよ」
これ、と小指と小指を寄り添わせて来る臨也に、帝人はもう一度心のなかで「見ないふり!」と叫ぶ。ぴたりと合わさる赤い糸。目の前で見せつけるように帝人の手を握り、うっとりとそれを見つめる臨也の視線は、今日も今日とてねちっこい。
「何も見えません!」
叫んで、必死に手を振り払う。暴れた拍子に爪が軽く臨也の頬をひっかいたけれど、そんなことは気にしている暇なんてない。


「何度も言いますけど、僕にかまわないでください!」


捨て台詞は悲鳴のように響いて、人ごみの中に駆け込んでいく小さな後ろ姿。
あーあ、かたくなだねえ、と臨也は息を付く。
そうは言ってもあの態度は確実に、見えているじゃないか。臨也は自分の右手の小指から伸びる赤い糸を、逃げていく帝人の方向へとかざしてみた。小さな体躯がかけていく、そのリズムと同じように揺れるその赤い糸は、ずっと臨也が探し続けていた大切な運命の相手へつながっている。
そう、竜ヶ峰帝人その人に。
臨也は物心ついたときからずっと、右手の小指につながる妙な赤い糸を認識していた。それは、自分以外には決して見えず、そして引っ張っても振り回しても切れたりこんがらがったりもしない。誰かが躓いて転ぶことも、誰かに絡んでしまうこともなく、ただ伸びているだけだった。
不思議だと思わなかったといえば嘘になる。だがある程度の知識が備わってくれば、それが俗にいう「運命の恋人」を示す赤い糸であることがわかった。そうなったらもう、あふれる好奇心を止めることができないわけで。
それでも、臨也はその糸をたどることだけはしなかった。運命の相手ならばそんなことをしなくても目の前に現れるはずだと思ったのもあるが、半分くらいは悔しかったからだ。だって臨也はこの赤い糸が視界をうろつくせいで、誰かに恋をすることもなければ言い寄ってくる女にときめくことさえなかったのだ。新羅曰く、『恋を知らないなんて人生の八割を損しているよね!』という状態だったわけで。だから、もしもこの赤い糸の相手が現れたときには、優しい言葉と甘い笑顔で惚れさせて、せめて向こうから告白させてやろうと、そんな事ばかりを考えていた。
それなのに、だ。
「俺がこんなに妥協してあげてるのに、なんであの子はああなのかなあ」
溜息をつく。
初めて帝人を見たとき、彼はこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、臨也を凝視した。うそ、と小さくこぼした声が最初に拾えた声。臨也だって驚いていたけれど、それは顔に出さないでいられたと思う。表情を隠すことには慣れていたから。
ダラーズの創始者として、情報を握っていた彼。
確かに妙に気になる存在だったことは認める。そうでなければ、あのチャットに誘ったりなんか絶対にしなかった。どこまでも普通の、それなのに、どうしても異端な彼のことを、もっと知りたいと思ったのは事実だ。
けれど実際に生身の彼と会ったとき、興味よりも先に何か温かいものが溢れ出るのを感じた。自分より一回り小さな体。見開かれた目の、澄んだ色。細い指先。ほっそい、うすっぺらい・・・庇護欲をそそるその存在。
あ、大事だな。
そんなふうに何の脈絡もなくすとんと心に落ちてきて、そしてその指先から赤い糸が伸びていることを認識して。
つながっていることを、理解して。
「・・・っ、君・・・!」
視線をたどって目を合わせれば、帝人は絶望的な表情をした。え、と思うまもなく、その手を急いで後ろに組んで隠し、臨也から目をそらす。
一連の動作で理解してしまった。
帝人もこの糸が見えている。臨也とつながっていることを認識している。そしてそれを、嫌がっていると。
・・・ショックだった。
運命の人なのに。
あんなに長い時間積み重ねてきた想いを否定された。臨也だって人間だから、泣きそうにさえなった。それでも。
「竜ヶ峰帝人、です」
名乗った彼の声。伏せていた目を上げて、恐る恐る臨也を映した目。息を飲んだ喉元。緊張にぎこちなく歪む口元。そのすべてが、彼を構成する全部が。
たまらなく、愛しかったから。
「・・・構わないで、なんて無理な話だよねえ」
ここから彼の家までの距離を計算し、7分でつく、とはじき出された数字を確認して、臨也は自分の右手の小指に軽く口づけた。
狙った獲物は逃がさない。
何年、狙っていると思うんだ。
楽しげに口元を釣り上げた臨也は、そのまま音もなく滑るように、帝人のあとを追って走りだすのだった。



作品名:さあ覚悟を決めなよ 作家名:夏野