PM6:58の不安
どうしてだ。どうしてキミがいないんだ! 私は胸の内で問い掛けの叫び声を上げた。
カノンはここにいる。彼女の母を自らの手で死なせてしまうことも、そのせいで父を追い詰めることもなく、穏やかに暮らしている。
リンネはまもなくここにやって来る。10年前の夢を叶えて、晴れて刑事になってこの部屋にやってくる。ジョード刑事とカバネラ警部の秘蔵っ子だ。きっと優秀な刑事になるだろう。
なのにミサイル、キミがなぜここにいない? 彼女らの幸せな未来を願って、10年の長い月日を待つことに耐えたキミが、今なぜここにいない!?
そもそもジョード刑事とその妻の暮らしを見守るのも、小さなレディの成長を見守るのも、彼女の無邪気な悪戯の責任を負うのも全てキミの役目のはずだ。私のものではない。キミが得るべき幸せだ。それなのになぜなんだ!?
リンネがカノンの仕掛けに死ぬほど驚かされたのを始まりに、彼女の刑事配属を祝うパーティが始まる。その賑やかな席でも、私の心は晴れなかった。誰よりもこの場所にいなければならないはずの彼がいないのだ。とても楽しむ気にはなれなかった。
彼は一体どこにいるのだろう。どこかのペットショップの檻の中だろうか。それとも誰か他の飼い主に可愛がられているのだろうか。
まさかとは思うが、ひどい飼い主に虐待されたりはしていないだろうか。かつての私のように捨てられ、鼻を鳴らしながら公園を彷徨っていたりはしないだろうか。そうだ、私たち猫と違って、犬にはもっと面倒な決まりがあったはずだ。確か飼い主のいない犬はホケンジョという場所に連れて行かれて、そこに捕まった犬は2度と帰って来ないとか――
こうしてはいられない。彼を探しに行かなければ。なんとしてでも探し出さなければ! そう思って、私が腰を浮かせかけた時だった。
玄関のチャイムが鳴る。遅れてきた来客をカノンが出迎える。長い脚から部屋に入ってきたのはカバネラ警部だ。相変わらずの踊るような身のこなしは見事だが、今はそれをのんびり眺めている場合ではなかった。
だが、その後ろに現れたもうひとつの姿に、私の目は釘付けになった。器用に後肢だけで立ち上がり、カバネラ警部よろしくくるくると回転している、あの金色の影は。
(ミサイル……!!)
それは間違いなく、今の今まで私があんなにも案じていた小さなサムライくんの姿だった。だがどうしてだ? 私たちとの繋がる線が切れてしまったはずの彼が、一体どうしてここにいる?
驚きのあまり声も上げられない私の前を横切って、リンネが彼の元に駆け寄って行く。
「もう、今日はお留守番って言ったのに!!」
全ての疑問を解いたのは、そのたった一言だった。
そうか、彼はジョード家の一員ではなく、リンネの家族としてここに帰って来たのか。いや、もしかしたら元からそうだったのかもしれない。あまりにも彼がカノンのために必死だったから、彼はずっとカノンと一緒にいたのだと私は思い込んでいた。ミサイルが現れるなら、必ずこの部屋のはずだと信じ込んでいた。
だが考えてみれば、彼女たちは悲劇の起きたこの部屋ではなく、リンネの部屋で暮らしていたのだ。だとすれば、ミサイルがこの部屋でなく、リンネの元にやってくるのは当然だろう。
なんだ、全ては私の誤解と早とちりに過ぎなかったのか。そう気付くとなんだか恥ずかしくて、私は無闇に毛づくろいなど繰り返した。黒猫に顔色も何もないし、人間には私の表情など、ましてや考えていることなど読み取れないのだから、何も慌てることはないはずなのだが。
それでも私は体中を舐め回し、ひとしきり落ち着くのを待ってから、ミサイルの前に飛び降りた。
彼はきょとんとした顔で、突然目の前に現れた黒い子猫を見つめた。
私も彼をじっと見つめ返した。
異種族である私たちの言葉が、この世界で通じるはずもない。伸ばす腕もないのだから、抱き合って再会を喜ぶこともできない。だいたいにして、彼はあの夜の記憶をまだ残しているのだろうか? ジョード刑事も、リンネも失ってしまったあの夜の記憶を。
期待はできないだろうなと思いながら、私はそれでも、湿った鼻先を彼に擦り付けた。彼は戸惑ったようだったが、やがて柔らかい舌で私を舐め返してくれた。
それで充分だった。彼の、私の望んだ世界がここにある。
私たちは人間たちのご馳走のおこぼれに預かったり、パーティに飽きてしまった小さなレディの遊び相手をしながら賑やかな夜を過ごした。彼のふかふかの毛並みに顔を埋め、尻尾に包まって眠るのはとても心地良い体験だった。
願わくばこんな夜がずっと続きますように。言葉の通じぬ私の大切な友人も、きっとそう思っていたに違いない。
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同じ勘違いして焦った人が他にも絶対いると思う。あのエンディング中に上がった心拍数は異常。