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たかむらゆきこ
たかむらゆきこ
novelistID. 9809
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消えない腕がみせた夢

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 夢であると知ったのはいつの日か、手を伸ばしても届かない全ての青へ。
 おれは夢の中でも、こうして夢を追う。

 目が覚めたサンジは急激な喉の渇きを覚えた。
 目を凝らせばここはゴーイングメリー号の男部屋だ。何を思ったか、それは夢だからか。起きる直前にあの男の名前を口走った気がする。

 ── ジジィ、


 小さく音を立ててラウンジへ行けば、あぁ今日は盗賊がいねェ。淡い笑み雑じりで水道の蛇口を捻り開けた。流れる水をコップに汲み、一気に喉の奥へと通す。その感覚が意識を明瞭へ導けば、自然と声が零れた。同じ、先ほど目覚め前に、或いは夢の中で呼んだその名前と同じ。
「ジジィ・・」
 腕が欲しいと願った。いや、バラティエにいた頃もその腕に縋りつくような真似はしなかったが、あの腕が欲しいと、そう願った。なにかある度に、例えばこんな夢を見た時には切に願う。膝を付く前に、そのビクともしない大きな腕に掴まりたいんだ。助けてくれとは言わない、不安を取り除いてくれとは言わない。ただここに居て、その手を自分の横に提げていて欲しい、それだけだ。
「てめェか」
 戸口からの低い声に肩を竦ませて目を向ける。低さ加減と口調が似ていると思った自分を笑うべきだろうか。立っていた男は望んでいた相手ではなかった、十分承知の事実な筈だ。
「なにしてんだ」
「あ?関係ねェだろ」
 サンジの応答に不機嫌な顔を上げた。あァそうかよ、相手、ゾロは舌打ちで言い流すとツカツカとラウンジへ足を入れる。どうやら彼も喉を潤しに来たようだった。
 どうしてこういう答え方になるのか不思議でたまらない。確かにレディと比べて、男に媚びないのは自分でもわかっている性格だ。しかしゴム船長や長っ鼻の狙撃主とは幾らか対応の違いがあるのもわかっている。同い年というだけで険悪な態度を取ってしまうのは、改めなければならないんだろう。条件反射でこんな対応をしようも、相手は端っから喧嘩腰ではない。自己嫌悪と言えば聞こえはいい、この男と話した後はそんな感覚に襲われる。
「水飲んでた」
「あ?」
「なにしてるって聞いたじゃねェか」
「・・・・そうか」
 ただそれだけの話だ。答えを用意してそれを伝えるだけなら喧嘩にもなるまい。含み笑ったサンジはシンクに両手を付いてゾロを見た。ゾロはゾロで小樽のジョッキを手にラウンジ内をうろつく。その所為に首を傾げた。水の出る水道は自分の前にあるのだ。
「いや、おまえこそナニ、」
 言い終わる前に酒の入った樽の蛇口を捻り、ジョッキの中へと流し込んだ。
「てめ、見張りじゃねェのかよ!」
「喉渇いてんだ」
「水を飲め!水を!」
「あァッ?」
「んなモン飲んで酔っ払ったら見張りの意味ねェだろーが」
「酔わねェよ」
 まあ確かに、こいつにすれば一杯や二杯の酒なんぞ水と同じような物だと思う。寒い見張り台で一晩明かすのなら酒を呷っていた方が少しは温かいのかもしれない。
 そんなことを思いながらゾロの口元を凝視するサンジの視線を感じ、緑髪の男は少し居辛そうに眉を顰めた。相立つ男が何を求めて自分を見ているのかわからない。ゾロは咳払いを一つして、サンジの注意を自分の瞳に向けさせる。
「てめェも飲むか?」
 断られるとわかっての問いかけだった。結構だ、おれは寝る、自分で思った通りの答えが返ってくるのだろうと考えていた。しかし実際は少し違うようで、サンジは首を少しだけ傾けて悩んでいる様子を見せる。そして顔を上げると言った、それじゃあ見張り台で飲むか。
 どういう風の吹き回しだ。


 見張り台に、大の男が二人も座れば窮屈千万。しかも片方はたった二杯でベロベロに酔っ払ってしまった、困るのはもう一人の方である。泣いたり怒ったり笑ったり、何かしらいつもより感情の起伏が激しい。
「ジジィ、てめェなー・・・」
「だからおれはてめェのジジィじゃねェよ」
「あァ?・・・・・・おーおー、ロロノア・ゾロじゃねェか!」
「おまえもう部屋で寝ろ」
 酔っ払いの対応以上に面倒臭くて疲れる仕事はない。今にも眠りそうな瞳は、何度か閉じかけたが完全に閉じることはなかった。肩を揺らして溜息をついたゾロはサンジから視線を外し、海へ向ける。波の音は聞こえるがその形状は見えず、鮮やかな青も姿を隠していた。
 早いとこ眠っちまえ、そう思うのは酔っ払いの相手云々よりも実は別の感情が勝る。まず、こいつが起きてくる姿を見るのは自分が見張りの時だけだ。後半、明け方見張り台に居れば誰よりも早く部屋から出てくる金髪に目が行く。そして寝ている姿を見るのも、見張りの時だけである。寝ず番ではなく中途交代の時にハンモックで目覚めれば、眠っている姿を見ることがあった。朝早く起きて飯の支度、夜遅くまで起きてて次の日の飯の下準備。この男が一日のどれだけを睡眠に要しているのか見当もつかない、特に自分には。
 眠れ、ゆっくり、そう思うのは何も心配性な船医だけではないのだ。
「眠ィ・・」
「だったら寝ろ」
「んぉう」
 ふらりと立ち上がったサンジは足を絡ませよたよたと揺れる。なにやってんだと叫ぶより先に腕が伸びた、そしてサンジはその腕を強く掴む。
「‥っ、ぶねェな、」
 フラフラしてんな、言おうとしたゾロの腕をサンジは強い力でまだ掴んでいて、怪訝な顔して離せと口に出した。しかしまるで耳を素通りしているかのように深く掴んだまま、またストンと座り込む。
「おい、」
「・・・・・・ジジィ・・」
 またか、この酔っ払い。そろそろ業を煮やしてもいい頃合だ、先ほどから何度ジジィと呼ばれたかわからない。その度におれはてめェのジジィじゃないと否定してやれば、何だゾロかとこれまた素っ頓狂。
「おれはジジィじゃねェ」
「なあ、ジジィ、おれ、」
「だから、」
「オールブルー・・、見つけてェんだ・・」
 グッと声を詰まらせた。そしてそのまま、腕を掴む手の先にいる人物を目を細めて見る。幾らか普段より頼りなさ気で、どうしたものかとゾロは困った様に腕の力を抜いた。力を抜いたその腕を、サンジは掴んだまま小さく呟く。
「夢ばっかみる」
 薄っすらと開いている瞳が自分を映していないことを、ゾロは悟った。

 どんなに旅を続けてもオールブルーは見つからない。
 みんなが夢を叶えた後でさえ、おれの夢はどこにも存在しない。
 そんな男の声が震えていると気づいたのは静かな夜のせい。諦めたように隣に腰を下ろし、掴まれてるその腕を立てた膝の上に置く。

「夢の中でも・・結局夢を、」

 ── 掴めない、





「目ェ開けて追う夢と違うからだろ」

 少しだけ似てる、低さ加減と口調が、

 腕を掴んだまま俯いた男は小さく呼吸を。何も言葉を発しないままだ。思う、こんな愚痴は嫌じゃない、そう思った。普段惜しみなく働き、船員のことばかり考えるこの男の愚痴を聞くのも悪くない。愚痴ではなく、普段は見せない胸の内と言うべきか。何を言おうも気の利いた言葉はもう出てこない。ゾロは俯いたサンジを覗き込んだ。
「んあ?」
 小さな呼吸は寝息だったらしい。