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A stray cat

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「あーあ………」
簡単に言うと、今夜の俺は落ち込んでいた。

昼間にトムさんと取り立て先へ向かう途中、街中で見知らぬ奴に絡まれて暴れてしまった。それだけなら特にいつもと変わりはないはずだったのだが……

だが、今日は少し違った。猫だ。小さな白い猫が、喧嘩の場の真っ只中に迷い込んできてしまったのだ。

結果的に言って、小猫は無事だった。振り下ろそうとしていた標識の矛先はすんでの所で逸らしたし、なにより気付いたトムさんがダッシュで猫を抱きあげて避難させてくれた。
でもそのせいで、トムさんが右手に軽く怪我をしてしまった。かすり傷程度だったけど血が出ていた。……これはもう完全に俺が悪い。

「……へっくしゅ!」
本格的な冬に入り始めて冷え込む空気にくしゃみをしつつ、俺はぶらぶらと帰り道を辿る。

……もちろん、トムさんにも小猫にも誠心誠意謝った。トムさんは怪我は大したことないから気にするなと言って、仕事中に暴れた分と猫を巻き込みそうになった分だけ俺に説教してくれた。本当にあの人には頭が上がらない。

そういうわけで、俺は少なからずヘコんでいたのだが……悪い事というのは、重なるものである。

「あっ、シズちゃん遅い! もう待ちくたびれた!」
「……何で居るんだよ、手前……」

ようやく辿り着いたアパートの部屋。
そのドアの前に座り込んでいた臨也が俺の姿を見て立ち上がり、くしゅんと小さくくしゃみをした。

***

「今日は露西亜寿司のサービスデーだったんだよねー。あ、ちゃんとシズちゃんの分もあるから安心してね」
「……誰が上がっていいって言ったよ」
「恋人にそれはないんじゃない? ほら、こっちは駅前のケーキだよ、やっぱ疲れてるときには甘い物だよね。ちゃんとコンビニでお酒も買ってきたから」

自分の家のようにずかずかと上がり込んでくる臨也に呆れつつ、どうせ何を言っても帰りはしないのだからと放っておくことにする。先週の夜中も無断でベッドへ忍び込んで来て、結局朝まで居座りやがった。……まぁ、俺たちが恋人同士だというのは事実ではあるのだ。このうるさいノミ蟲を恋人と言い切ってしまうのは不本意な気もするが。

「何しに来たのか知らねぇが……今日は手前の相手する気分じゃねぇんだよ」
居間とも呼べないような小さな部屋に胡坐を掻いて座りこむと、寿司とケーキと酒という些か珍妙な組み合わせの土産を両手に抱えた臨也もついてくる。
「シズちゃんに会いたいから来たに決まってるでしょ。恋人を近所のガキみたいに扱わないでくれる? それにどうせカップ麺とかで夕食済ませるつもりだったんでしょ? ほら、お寿司食べなって」
「………」
確かに腹は減っているし、夕飯なんて特に用意していない。俺は素直に寿司を食べ始めた。

「シズちゃん、とりあえずショートケーキでいい?」
勝手に皿とフォークを持ち出してきた臨也がいそいそと箱からケーキを移し始める。
というか何で6つも買ってきたんだ、自分は甘い物は苦手なくせに。いや、そのプリンっぽいやつは確実に俺が貰うが。
「あー、やっぱ甘いな……」
案の定、チョコレートケーキを3,4口食べた臨也はそう言って眉を顰める。ケーキは食後のデザートだろ、先に寿司を食え寿司を。
「はい、お酒も開けたから。ね、そういえばシズちゃんさ……」

心の中で突っ込みを入れつつも表面上は無言のままの俺に構わず、臨也はぺらぺらと一人で話し始める。コンビニで見かけた変わった商品だの大トロの素晴らしさだの、どうでもいいことばかりだ。

俺はもそもそと寿司を食いながらそれをぼーっと聞き流していた。臨也の一方的な喋りにイラつかない程には俺もヘコんでいるらしい。……ああ、トムさんの右手の傷は大丈夫だろうか。やっぱり新羅に連絡を入れるべきだったか……それにあの小猫は野良っぽかった、首輪付いてなかったし……いつの間にか俺たちの前から消えていたけど、今もこの寒い中をうろうろしているのだろうか。

すると、そんな俺の思考を読んだかのように臨也が急に話題を変えてきた。
「ねぇ、シズちゃんって猫とか好きだよね?」
「は? ……まぁ好き、だけど」
突然のことに面食らっていると、更に訳の分からないことを言い始める。

「じゃあ今日は、俺を猫だと思って日頃の疲れを癒してよ」

そう言って、妖しげな笑みを浮かべた臨也がにじり寄って来た。
作品名:A stray cat 作家名:あずき