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A stray cat

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「……頭でもわいたか、ノミ蟲」
「ノミ蟲じゃないってば。そうだな……安直だけどいざにゃんで良いや。ね? 耳とか尻尾は無いけど、思う存分撫でて良いよ」
「……要するに、手前が撫でて欲しいってことじゃねぇのか?」
「にゃあ」
「あ?」
「だから俺は臨也じゃなくていざにゃんなの。猫だから喋れないの」
「手前……それ、幼稚園児のおままごと以下だぞ。マジで大丈夫か?」
「ちょ、真面目に突っ込むなって。シズちゃんのためなら理屈なんてどうでもいいんだってば」

いつも理屈ばかり捏ね回している臨也はそう言って、胡坐を掻いた俺の足の上に乗っかってきた。そして猫のように頭をバーテン服に擦り付けてくる。宣言通り、にゃんにゃん言いながら。

「………」

なんと言うか……これは、無い。はっきり言って、気持ち悪い。
いくらこいつが俺の恋人だと言っても、仮にも惚れた相手だとは言っても、二十歳をとっくに過ぎた男が、これは、無い。何と言うか、ある種のおぞましさすら感じる。

あまりにシュールな光景に怒りも苛立ちも通り越してしまった俺は、にゃあにゃあ言ってしがみついてくる臨也を見下ろしながら一人諦めの境地に達する。ああ、何故よりによって今夜、こんな目に遭わなければならないんだ。いっそ本物の猫だと思ってしまえば楽になれるのか。

……そこでふと、臨也は猫に似ているな、と思った。猫は猫でも今日見たような白い小猫ではなくて、目の前を通ると不吉な黒猫だ。それも、我が道を行く気まぐれな野良猫。手を伸ばしたらそっぽを向くくせに、放っておくと構って欲しいと甘えてくる厄介な存在。

そんなことをぼんやり考えていると、臨也が俺の顔を覗き込んできた。
「うにゃ、シズちゃん結構癒されてる?」
「……あのなぁ、誰がこんなんで……」

癒されるか、と続けようとした。
が、癒しという言葉を口にしかけたところで―――俺はある可能性に思い当たった。

「―――臨也、お前ひょっとして、知ってたのか?」
「……何を?」
悠然とした笑みを湛え、膝の上の黒猫はわざとらしく首を傾げた。その様子を見て俺は確信する。

臨也は最初から知っていたのだ。
俺が今日暴れてきたことも、猫を巻き込みそうになったことも、トムさんに怪我をさせてしまったことも。そして、落ち込んでいることも、全部。

今夜聞いた臨也の台詞が頭の中でリピートされる。

『シズちゃん遅い! もう待ちくたびれた!』

そうだ、あの臨也が殊勝にもドアの前でじっと待っていたことが、まずおかしかった。こいつなら不法侵入ぐらい平気でするのに。事実、この前だって夜中にベッドへ忍び込んできたじゃないか。なのに今夜は、くしゃみが出る程寒い中、待っていたのだ。

『やっぱ疲れてるときには甘い物だよね』

あのケーキだって、甘い物が好きな俺のためにわざわざ買ってきたのだ。自分は嫌いなくせに、6個も。それに俺がずっと無言のままでも全く気を悪くする素振りを見せなかった。

『シズちゃんのためなら理屈なんてどうでもいいんだってば』

……そういえば、こいつは情報を集めて飯を食ってるんだった。街中で暴れたのだから、現場の一部始終を目撃した奴は何人もいただろう。猫の話題を持ち出したのも偶然じゃなかったのか。いきなり自分が猫になりだしたのも。

―――まったく。 慰めてくれるなら、もっと分かりやすくやってほしいものだ。

「そういえば、この前臨也が言ってたんだけどね」
臨也が再び奇妙なセリフを口にした。そうか、今のこいつは自称・猫だった。いざにゃんと臨也は一体どういう関係なんだ、と突っ込もうかと思ったがやめておく。

「臨也は、いつもシズちゃんのこと考えてるんだって。いつだってシズちゃんのこと見てるんだよ」

そう言って『シズちゃんのことなんて全部お見通しなんだから』とでも言いたげな微笑みを浮かべてみせる。……猫のくせに人間を見下すとは、なんて生意気なんだ。

「おい、臨也」
「いざにゃんだってば」
「……段ボール箱入りの捨て猫野郎」
「ちょ、ひどくない?」
「何でもいいから、臨也の奴に言っとけ。不本意ながら惚れ直した、って」
俺の言葉に臨也は一度大きく瞬きをし、「了解」と小さく呟くと再び体を摺り寄せてきた。

……何だ、『不本意』の部分にてっきり怒り出すと思ったのに。これじゃただの告白じゃねぇか。本当に気まぐれな奴だな。

「……ねぇシズちゃん」
「喋れないって設定はどうしたんだよ」
「細かいことは気にするなって。ね、臨也がキスして欲しいって言ってる」
「あぁ……今度会ったらな」
「え、何で? 今しないの?」
「だってお前はいざにゃんなんだろ?」
「もう戻ったよ、今は折原臨也の方」
「だから、キャラ設定が雑すぎるんだよ」

思わず笑ってしまった。―――どうやら困ったことに、俺は軽く癒されているようだ。

「だからいいんだって。シズちゃんのためなら、どうでも」
そう言って臨也も笑った。珍しく底意のない笑顔だと思った。

「……おい臨也、いざにゃんを出せ」
「シズちゃん、今すごいセリフ言ったね」
「うるせぇな、手前から言い始めたんだろうが。いいから、あの捨て猫野郎を連れてこい」
馬鹿げた会話を繰り広げている自覚はある。俺たちがこんな甘ったるい戯言を交わしている時点で色々と問題な気もする。

……でも、別にいいか。どうでも。

「何でいきなりノってくるんだよ……はいはい、にゃんにゃんいざにゃんですよ。何、シズちゃん?」
「―――飼い猫にしてやるから、たまには帰ってこい」

明日仕事場へ行ったら、トムさんにもう一度だけきちんと謝ろう。それからもし街であの白い小猫を見かけたら、両手一杯の煮干しを食わせてやろう。

そう考えながら俺は首元のリボンタイを外し、やたらと口の回る生意気な黒猫に首輪を付けてやった。
作品名:A stray cat 作家名:あずき