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連続実験:症例H

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第四話:存在感(岩下)


 
 私の番ね。
 先に自己紹介しておきましょうか。私の名前は岩下明美。三年A組よ。
 
 それにしても貴方達、気付いているかしら? 今までの語り手の話には、共通点があるということに。
 ええ、そうよ坂上君。今までの人達は、程度の違いこそあるけれど、みんな日野くんのことを話題にしていたの。こんな偶然って、あるかしら。
 よく考えてごらんなさい。貴方を含めて、私達は全員が日野くんと顔見知りだわ。これは当然よね。この会合の参加者を選び、呼び付けたのは日野くんなんですもの。
 でも、私達は日野君について語り合う為に呼ばれたのかしら? 違うわよね。学校の七不思議という趣旨に相応しい、怖い話をする為だわ。
 顔の広い日野くんが選んだ人達なんですもの。全員、この学校に伝わる怖い話に精通している筈よね。話そうと思えば、何通りもの話を用意して、他の人の話とのバランスを考えて語ることだって出来る筈よ。
 それにも関わらず、彼らはわざわざ日野くんに関連する話を語った。不思議だと思うでしょう? 
 日野くんにはね、特別な存在感があるの。人をひきつけ、その場にいなくても話題にのぼってしまうような、そんな存在感が。
 
 私のクラスにも、そんな人がいたの。名前は、古手川明日香さん。日野くんと同じように成績優秀で、かといって勉強ばかりしているわけではなくて、能力的な欠点はひとつもないような人だったわ。
 だけど彼女にはひとつだけ、日野くんとは違うところがあったの。そしてそれは、唯一彼女の欠点と呼べるものだったわ。古手川さんはね、お節介で八方美人だったのよ。みんなが仲良くしていなければ気が済まないし、イジメや仲間外れを見過ごせなかったの。
 
 貴方はそんな古手川さんのことをどう思うかしら?
 ……正義感が強くて優しい人? 本当にそう思うの? 
 坂上君、貴方にだって、嫌いな人や気が合わない人がいる筈よ。それは恥ずべきことでもなんでもないわ。すべての人と手を取り合って微笑み合うなんて、幻想に過ぎないのよ。
 それをいつまでも理解できないで理想にしがみついていれば、どうなるか……古手川さんは、身をもって知ることになったわ。
 
 私のクラスには、水島圭子さんという、とてもおとなしい人がいたの。古手川さんとは正反対で、まったく目立たない地味な女の子だった。いつも休み時間には教室の隅でハイネの詩集を読んでいたわ。
 彼女は、私と同じよ。他の女の子のように徒党を組むことを嫌って、一人の時間を楽しんでいたの。少なくとも私には、友達がいなくて惨めな思いをしているようには見えなかったわね。
 
 ところが古手川さんは、そんな水島さんを放っておけなかったの。自分から輪の中に入って来られないだけで、本当は彼女だって友達が欲しい筈だと思い込んでいたわ。
 
「ねえみんな、水島さんも仲間に入れてあげましょうよ」
「え?でも水島さんて、なんか暗いじゃない」
「そんなことを言わないで。読書が好きだなんてとても立派だわ」
 
 古手川さんはグループの女の子達をそんな風に説得して、水島さんをグループに誘ったわ。水島さんは遠慮がちにしながらも、古手川さんに言われるまま、彼女達のグループと行動を共にするようになったの。
 
 そんなある日、グループの誰かがこんなことを言い出したわ。
 
「ねぇ、旧校舎を探険してみない?」
 
 坂上君は、旧校舎に入ったことはあるかしら?
 ……そうでしょうね。あそこは立入禁止だもの。でもね、肝試しや探険と称してこっそり侵入する生徒は後を絶たないわ。昼間でも薄暗くて、老朽化が進んだ校舎は、それだけで不気味な雰囲気を漂わせているんですもの。きっと何かが隠されている……旧校舎には、そんな期待を抱かせる独特の空気があるのね。
 
 古手川さんは優等生とはいえ、規則に厳しいタイプではなかったわ。教師に押し付けられた大人に都合のいいルールよりも、自分の感性を大事にしていたの。そして彼女のそんなところが、同級生の女の子達をひきつけてやまなかったのでしょうね。
 
「えぇっ、怖い!」
「旧校舎って、立入禁止じゃなかった?」
「あら、だから燃えるんじゃない。ねぇ、明日香」
「そうね、面白そうだわ。みんな安心して。何かあったら私が責任を取るから」
「明日香がそう言ってくれるなら、安心ね」
 
 はじめは渋っていた子達も、古手川さんが責任をとると言っただけで態度を変えたわ。
 
「さあ、水島さんも一緒に行きましょう」
 
 古手川さんは当然のように水島さんも誘った。でも、いつもなら小手川さんに言われるがままの水島さんが、その日に限って珍しく首を縦に振らなかったの。
 
「行かない方がいいと思う……」
 
 水島さんの顔は青ざめていて、声も少し震えていたわ。
 
「水島さん、怖いの? 大丈夫よ、今はまだ少し明るいし……ほら、こうして手を繋いでいてあげるから」
 
 古手川さんは水島さんを安心させるように笑いかけて、ちょっと強引に旧校舎に付き合わせたのよ。
 
 探検は、三十分ほどで終わったわ。変わったことは何も起こらなかった。女の子達はがっかりして帰ろうとしたの。
 その時だった。古手川さんが、血相を変えて叫んだわ。
 
「待って!水島さんがいないの!」
「え?水島さん?」
「本当だ、いないわ……」
「明日香、手を繋いでいたんじゃなかったの?」
「それが、彼女が繋がなくても大丈夫だというから……」
「……で、どうするの?」
「水島さん、きっと一足先に帰っちゃったんだよ。私たちも早く帰ろうよ」
 
 貴方が古手川さんの立場なら、どうするかしら?
 水島さんを探しに戻る? ……そう。古手川さんもそうしたわ。
 責任をとると宣言した以上は、水島さんが本当に先に帰ったのかどうか、確かめるべきだと思ったのね。
 
「私は、水島さんを探してみるわ。貴方達はもう帰っていいわよ」
 
 古手川さんは他の女の子達にそう告げると、旧校舎に戻ったわ。
 
 翌朝、グループの女の子達が昨日のことについて話していると、後ろから声をかけられたの。
 
「みんな、おはよう!」
 
 明るくて元気のいい、よく通る声だった。だから皆、古手川さんだと思って振り向いた。でもね、そこに立っていたのは、水島さんだったのよ。
 水島さんは、劇的に変貌していたわ。癖のある髪は、さらさらのストレートに。分厚い眼鏡は、コンタクトレンズに。
 なによりおとなしかったはずの彼女の堂々とした態度が、クラスメート達を驚かせたの。
 
 一方、古手川さんは旧校舎の階段から落ちて動けなくなっている所を、たまたま旧校舎にサボる為にやってきた男子生徒に発見されて、病院に運ばれたわ。
 幸い、軽い打ち身だけで済んで、すぐに学校に通えるようになったの。
 
 だけど、それからの古手川さんの生活は、地獄のようだった。
 まず、学校に顔を出してみると、古手川さんに変わって水島さんがグループのリーダーになっていたわ。
 そして今まで仲の良かった子達に声をかけても、誰も古手川さんに気付いてくれなくなったの。何度か呼びかけて、やっと気付いてもらえても、「やだ、いたの?全然気付かなかった」なんて言われる始末よ。
作品名:連続実験:症例H 作家名:_ 消